• 2017
  • 01/04
  • Wed

被災者にも試練”寒の入り“

170105小寒①

平成二十九年も明けて5日。まずまずの正月日和に恵まれた新年。
昨年8月強襲した台風10号の被災者も暮れまでに不便な避難所生活と別れ、
新しい年を仮設住宅で迎えました。
被災者の皆様が正月料理を味わえたかどうかは分かりませんが、
悲哀を受けなかった者がいつもの年のように、
お雑煮やお節料理を飽食できたことは何よりの幸せです。

寒さが一段と厳しくなる1月5日からの寒の入り。
雪が舞い、寒風が身をちぎるように肌を刺す酷寒はこれからが本格的となります。
約1ヵ月、立春までの厳寒の季節を日々健康にお過ごしください。

1月5日からは二十四節気の「小寒」となります。


二十四節気
上のバナーをクリックすると歳時記の概要をご覧いただけます。



第二十三節気 小寒 しょうかん                1月5日~20日

二十四節気の小寒を迎える1月5日。
寒さが極まるとはいえ、寒気が最大になる前の小寒、「寒の入り」です。この日から立春前日までの約1か月が最も寒い「寒の内」。1年で最も寒い時季です。
寒の入りから、一定の間の天候によって「寒試(かんだめ)」という天気占いをする地方もあります。
麦の厄日とされる小寒から4日目の「寒四郎」、9日目は「寒九」といいます。この日に雨が降ると「寒九の雨」といい、その年は豊作という諺もあります。この日の水を汲んでおいて薬を飲むと良いともいわれ、凍り豆腐、寒天、酒、味噌など寒気を利用した食物が仕込まれるのもこの時期。
この間に出す「寒中見舞い」。年賀状を出し損なったり、返信が遅れた方は年始のご挨拶をしてください。
強烈な寒さの中、武芸の寒稽古が始まるのもこの頃。寒中水泳や厳寒の海峡に飛び込んで豊漁、豊作を祈願する寒中みそぎ祭も各地で行われます。
冬来たりなば春遠からじ。「寒」が終わって立春になる「寒明け(かんあけ)」はもうすぐです。

1年の中で1番寒いこの時季。身体を冷やさないようにし風邪をひかないでください。後1か月位の辛抱です。



下の<続きを読む>をクリックすると、七十二候の第六十七候から第六十九候までと小寒前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご興味のある方はごゆっくりご覧ください。



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  • 2017
  • 01/01
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謹賀新年

年賀状

「おらほの四季」は1月5日より営業いたします。
新しい年もまたよろしくお願いいたします。



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寒の入りです

遅まきながら
新年明けましておめでとうございます。
今日が私にとっての新しい年の幕開けでした。

今年の正月はいかがお過ごしでしたか。
巷では暖冬といわれておりましたが、寒さには変わりありません。
雪が降らないだけで、吹く風は身をちぎるように肌を刺します。

それもそのはず6日からは二十四節気の「小寒(しょうかん)」になります。
いよいよもって寒の入りです。1年の中でもこの時季が酷寒といわれるほど、寒い日が約1ヵ月続きます。

黒森神楽④

そんな中、1月3日、国重要無形民俗文化財となっている「黒森神社」に初詣して来ました。
黒森神社では神楽衆により神霊を権現様に移す舞い立ち神事が行なわれました。これは毎年正月になると陸中沿岸の集落を回り、家々の庭先で権現舞を舞って悪魔祓いや火伏の祈祷を行うためのもので、いわば権現様(獅子頭)への入魂式みたいなものでもあります。
約2か月間に亘って北廻り、南廻りと隔年で廻り、今年は久慈までの北廻りの年であります。神楽衆は4日から神楽巡行に旅立ったもようです。

ここからは数多くの写真を取り上げました。時間に余裕のない方はスルーしてください。

黒森神楽②
黒森神楽③黒森神楽⑤
鬱蒼と生い茂る黒森山の杉木立を縫うように参道を登ると、その中腹に黒森神社が見えてきました。参道脇には推定樹齢1,300年程と見られる榧(かや)の神木がどっしりと構えておりました。
本殿右側には直径1m程ありそうな巨岩を繰り抜いて作られた手水所がありました。

黒森神楽➇黒森神楽⑨
黒森神楽⑩
やがて笛や太鼓、鉦を鳴らしながら神楽衆の到着です。黒森神楽の神楽衆は地元だけではなく各地から集まった方々です。最近若い方も保存会に入会し、若返りを図っているそうです。
宮司さんの修祓を受けた後、若手神楽衆によって舞初め神事が行なわれました。これで神霊が権現様に乗り移り、三陸巡行の準備ができたことになります。

黒森神社は標高330mの巨木に覆われた黒森山の中腹にあり、陸中沿岸の漁業、交易を守護するとして広く信仰を集めてきました。社伝では坂上田村麻呂創建といわれており、かつては黒森大権現とか黒森観音と呼ばれる修験の霊場でした。
義経北行コースの伝説によれば、兄の頼朝に追われた源九郎半官義経は平泉で自害したといわれておりますが、この史実に対し自害したのは家臣で義経は北へ逃げ延びたのではないかという説もあるようです。逃避行のコースの黒森山は、九郎森が転じたものだそうです。

黒森神楽⑬
黒森神楽⑭黒森神楽⑯
神社から降り立った、町の公民館では約100人の観衆の中、シットギ獅子舞込みが披露されました。舞い手には高校生位の若い神楽衆もおりました。ひょっとこのおじさんも愛嬌があっていいですね。

黒森神楽⑰黒森神楽⑱
権現舞を舞った神楽衆は米粉を水に溶いたものをシットギのオマブリ(お守り)として見物客全員のおでこに付けて回ります。権現様のお守りとして家内安全や無病息災を願うものなのだそうです。決して嫌だと言って逃げたりしてはいけないんですね。おばあちゃんなどは自ら額を差しだしておりました。
舞い込み儀礼が終わり、本来ならこの後神楽宿に入って各種神楽舞いの披露になるわけです。この日は公民館のホールが会場でした。約2時間半、たっぷりと演じられます。

呼び物の1つであった「八岐大蛇(やまたのおろち)」をじっくりと拝見しました。
日本書紀にもある八岐大蛇は須佐之男命(すさのおのみこと)が出雲の国に差し掛かった時、頭と尾が八つあって、眼は酸漿(ほおずき)の様に真っ赤にでた八岐大蛇を退治するという伝説の話です。

黒森神楽㉑
まずは須佐之男命が登場。

黒森神楽㉒
そこに、「可愛い娘の奇稲田姫(くしいなだひめ)を八岐大蛇に差し出さねばなりません、どうかお助けください」と嘆き悲しむ翁と媼が須佐之男命にひれ伏して哀願します。

黒森神楽㉓黒森神楽㉔
酒を用意して八岐大蛇を待っていると、やがて須佐之男命と娘の目の前に現れ、大好きな酒を一気に飲み干してしまいました。

黒森神楽㉕
八岐大蛇は酔いつぶれて寝てしまいました。これはチャンスと、須佐之男命は八岐大蛇をたたき起こします。

黒森神楽㉖
そして、ふらつく八岐大蛇を一刀のもとに切り捨てました。

黒森神楽㉗黒森神楽㉘
しかし八つの頭と尾を持つ八岐大蛇は神出鬼没で、今度は客席から登場です。菓子を配り、愛想を振りまいた八岐大蛇は暑くなったのか、上半身裸になります。

黒森神楽㉙
松や柏が生え、八つの山八つの谷に広がっていた八岐大蛇の背中は軟弱となり、須佐之男命にとどめの一刀を刺され、あえなく命は途絶えてしまいました。

黒森神楽㉚
凱歌の雄叫びを上げる須佐之男命。そばには奇稲田姫が付き添っていました。

黒森神楽㉛
お約束通り奇稲田姫を差し上げます、と翁と媼。須佐之男命はこの地で結婚することに決めました。やがて二人の間には大己貴神(おおあなむちのかみ)〔大国主〕が産まれたということです。

一件落着。正月に相応しいおめでたいお話でした(笑)。
最後までご覧いただいたあなたには何かいいことあるかも。あってほしいですね(笑)。


二十四節気 小寒(しょうかん)◇
二十四節気23番目の節気。1月6日および大寒(1月21日)の前日まで。
暦便覧は「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らう故益々冷える也」
寒の入りといわれ、これから更に寒さが厳しくなるころ。節分までの30日間を寒の内という。
小寒七十二候は次の通り。
第六十七候(小寒初候) 1/6~1/9 芹乃栄(せりすなわちさかう)
芹が生え始める頃。芹は春の七草のひとつで、冷たい水辺で育ちます。一箇所から競り合って生えていることから、芹(セリ)という名前になりました。


※今日の独りごとはお休みさせていただきます。


参考サイト 暦生活石見神楽線翔庵




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