大地を踏みしめて

馬力大会①

民話の故郷でも知られる遠野にはもう1つ伝統の文化があります。「南部曲り家」で馬と人間が共存した馬産地の遠野では、山から木を切り出す地駄引きの技術が踏襲されてきました。最近では馬を主体とした地域活性化を目指し、農耕馬や乗用馬の育成に力を注いでいます。
馬の文化でもある農耕馬の力比べをする馬力大会が、ここ遠野で毎年開催されております。
今年で第41回を迎える「東北馬力大会 馬の里遠野大会」には県内をはじめ、青森や宮城から33頭が出走し、6月26日に行われました。

馬力大会②
レースは馬の年齢や体重別によって積載量の違うソリを引いて走ります。一流馬班の最後のレースでは260貫、975㎏のハンディを引き、150mの距離を7分の制限時間内に走り抜けます。
260貫というと、おそらく大人が10人掛かっても持ち上げられない重さです。その上、途中2.5mの小高い丘の難所を乗り越えなければなりません。農耕馬にとって凄い過酷なレースです。

馬力大会③
「それっ」の掛け声と共に引き手の鞭が打たれると、馬はひずめを大地に食い込ませ、渾身の力を込めて一歩ずつ坂を上りつめます。約1トンの馬体を誇る馬と引き手との呼吸が合わないと上りきれません。制限時間オーバーでリタイヤしていく馬が続出します。

難所を必死に乗り越えようと引き手が打つ鞭に、たてがみを振り乱しながらも表情1つ変えず、顔を天に向けていななく馬の姿には悲壮感が漂っていました。決していじめでないことは確かなんですが、馬への同情の念が湧いてしまいます。これも競走馬の宿命なんでしょうか。
中央競馬など最後の直線コースで、騎手の鞭が入る場面とは訳が違います。

馬力大会④
この日は前日の雨でコースがぬかるんでおり、思うように走れなかったかもしれません。引き手と息がピッタリあって難所を乗り越えた馬はゴール目指して突っ走ります。

馬力大会⑤
レース後は馬主さんから労いの言葉がかけられました。馬主と飼い馬の固い愛情なんでしょうね。レース中のあの悲痛な姿も、一仕事終えたここでは普通の飼い馬のように柔和な農耕馬に戻っていました。







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東北唯一の平庭闘牛大会

年3場所行われている岩手県久慈市の闘牛大会。
今年の闘牛の幕開けとなる「全国闘牛サミットin久慈大会」が、6月12日平庭高原の闘牛場において開かれました。
闘牛は新潟や沖縄、鹿児島、愛媛などでも行われていますが、東北で行われるのは唯一ここ平庭高原だけ。

①闘牛大会

昔、沿岸と内陸を結ぶ野田街道通称塩の道で塩と鉄などを物々交換しており、その時の交通手段が日本短角牛だったのです。
短角牛は赤べこともいわれ、丈夫な体に穏やかな性格が特徴です。群れをなす牛は強いものに従属する習癖があり、そのリーダーを決め、群れを統率するため角突きが行われていました。これが平庭闘牛の起源なんですね。
険しい山間地を乗り越え、物資を運んだ塩の道のコースに平庭高原があったところから、昭和35年ここ平庭高原で最初の闘牛大会を催すことになったんですね。

この日の闘牛大会には闘牛の本場でもある新潟県や沖縄県、鹿児島県からも参戦し、32頭が角を突き合わせました。横綱クラスの闘かいになると両者共1トンを越す体重でぶつかり合い、ガツン、ガツンと重い地響きにも似た迫力があります。

②闘牛大会頭と頭を合わせ、角をがっちり組み合わせています。力いっぱい押し合ってる感じですね。前頭クラスの両者ですが体重は700~800㎏、合わせて1.5トンもあります。
闘牛を駆り出す勢子(せこ)の「さ~、さ~、行け~」の気合で熱が籠ってきました。

③闘牛大会手前の牛から仕掛け始めました。
真正面から相手の角を左右に払いのけながら、額を攻めている感じです。
勢子の動きも素早くなってきました。油断をしていると1.5トンを超す闘牛に押し倒されてしまいます。


④闘牛大会押された牛も力を入れ直して押し返し、両者小康状態に入りました。
少し動きの止まった両者に、勢子から再度の気合い。「さあ~、行け~」。




⑤闘牛大会お互いの動きを牽制し、次の作戦を考えているのでしょうか。角合わせの状態が続いております。
この日3000人を越す観衆から「行け~、行け~」などと、多くの女性ファンからも声援が飛んでいます。



⑥闘牛大会次の瞬間、手前の牛が仕掛けました。
自分の角を相手の角にあてがい、力でねじっているようです。まさにねじりという技のようです。
力のこもった激しい動きに土煙が上がり、両者一歩も引けを取りません。

⑦闘牛大会この日の暑さのように観衆にも熱気が籠もり、やんやの拍手喝采が闘牛場内に響き渡ります。
勢子の動きも活発になり、場内を右に左に走り回ります。




➇闘牛大会時間にして僅か数分。攻防が続く中で、両者の息遣いが伝わってきます。
闘牛の寿命は15~6歳といわれておりますが、この一番は7,8歳同士、中堅どころです。最高のパフォーマンスを演じてくれました。


⑪闘牛大会
最後は両者土俵の中央に戻り、突き合わせの状態に。ここで、勢子から手が上がり、戦いを終了。両者引き分けです。
手に汗を握るようないい戦いでした。再び観衆からは拍手とねぎらいの声が飛び交いました。「よくやった」「頑張った」。
平庭闘牛の場合は勝負を付けず、引き分けが原則です。怪我をさせてはならないという飼育家への配慮でもあるようです。


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太陽の生命力を満身に得る夏至

20160619夏至

一年で一番昼が長い日、夏至。
太陽の化身と位置づけされていた天照大神(あまてらすおおみかみ)。
太陽の生命力を得るために夏至の日を祝うお祭りにその信仰を垣間見ることが出来ます。
夏至の時期だけ夫婦岩の間から朝日が昇る二見ヶ浦。
この海中には興玉神石(沖の石)があり、昔から常世の国から神が寄りつく聖なるところ。
夫婦岩はその鳥居と見なされていました。
白装束に身を包んだ善男善女が、天照大神を迎えるために、
朝日が昇ろうとする夫婦岩に向けて祝詞を唱え、気合いを入れつつ海に入ります。
6月21日は二十四節気の夏至です。


二十四節気
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第十節気 夏至 げし      6月21日~7月6日

一年の中で最も昼間が長く夜の短い日で、日の出(日出)・日の入り(日没)の方角が最も北寄りになる時季をいいます。北回帰線上の観測点から見ると、夏至の日の太陽は正午に天頂を通過します。
冬至(12月21日頃)に比べると、昼間の時間差は4時間50分もあります。暦の上では夏にあたりますが、実際には梅雨でうっとうしく、長い昼の実感を味わえません。この頃の早朝は4時前に明るみ出し、夕方7時過ぎでもまだ薄明るさが続きます。このため、夏至は別名、日永(ひなが)とも呼ばれています。
北海道へ行くにしたがって、昼の割合が大きくなり、太陽が1日沈まない北極圏では全域で白夜になります。逆に南極圏では全域で極夜になります。白夜を経験された方のお話では、朝はなくずっと明けたままで地表が温められ温度が上昇、暑苦しく、しかも蚊が大量に発生するそうです。
北欧ではこの日を特別な日として各国で盛大に夏至祭を行ないますが、日本で夏至祭を楽しむ風習はあまりありません。梅雨寒などで気温の上昇が抑えられながらも、恵みの雨によって草や木が緑を深くして行くのがこの時季です。







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