黄泉の世界で悟りを開く

導師のお導きで母は悟りの世界へ旅立った

曹洞宗の導師による読経は、亡母を剃髪し戒律を授け、
この世に縁を絶切り、そして如来光明の空の世界に引導する。
葬儀という一連の儀式の中で、母を速やかに悟りの世界に導いてくれる。

曹洞宗開祖の道元禅師による『正法眼蔵』の教えによると、
人は輪廻を繰り返すが、再び人として生まれることは難しく、
まして仏の教えに出会うことはまれなことである。
前世の功徳によって人間として生まれ、会うことが難しい
といわれる仏法に出会えたことは、輪廻におけるすぐれた生まれ方であり、 いたずらに人生を過ごすことがあってはならない。

この世は無常で頼りないから、どんな死に方をするかも知れない。
自分の命は自分ではどうにもならず、年月は素早く移り変わっていく。
若いときの力はすぐになくなり、済んでしまったことに再び合うことは
不可能である。無常の時が到れば、妻子も兄弟も、親族に到るまで
何ら助けにはならない。一人で黄泉の世界に行くのである。

と言ったことを説いている。
仏教の教えは我々凡人には難しいところがある。
いわゆる葬儀をおこなうことで、故人と残された遺族が心のよりどころを持つといったところだろうか。

遺族、親族の焼香が終わり、引き続いて会葬者の焼香が行われた。
粛々と祭壇に向かう足取りは皆重い。
葬儀呼び出しをした兄も、東京から駆けつけた二人の兄も、
緊張からか顔も強張っている。
親族側の真向かいに座った会葬者も、整然と静まり返っている。 


FC2ブログランキング参戦中
気が向いたらポチッ!ね
b 03

香の匂いが昔日の感傷を誘う

何もいわなかった母の後姿が愛おしい

炬燵に座って何も言わず、ただじっと自分を見ていてくれた母の姿。
複雑な家庭環境の中で、3人の実の子供である息子たちが
成人し、社会人となってからは一緒に暮らしたことがない。
父はもうとっくに亡くなり、後妻だった母は先妻の息子夫婦と暮らしていた。
自分が子供の頃、母は5人の義兄妹にかなり気を使っていたことを覚えている。
本音が言える相手がいない暮らしは、いかに肩身が狭かっただろう。
例え実子の自分が一緒に暮らしたとしても、
母は先妻の子供たちへの気遣いで、気が休まることがなかったかもしれない。
それが皮肉にも、自分は意識のない療養中の子供のいなかった、
義長兄夫婦の養子となってしまった。
それが母にとっての望みだったのだろうか。

そして母は実子の息子思い以上に、
先妻の息子の孫まで分け隔てなく思いやりを持ってくれた。
実子の自分や孫には帰省のたび、
近所の孫や親戚の子供たちには盆と暮れの2回、
年金生活の僅かな収入の中から小遣いをあげていた。
近所の方々には家庭菜園で作った花などを
おすそ分けしていたという話も聞く。そんなところが皆から愛されていたのだろう。
人間というのは年を重ねるごとに鷹揚になり、優しくなれるものなのか。  
母の優しい人間性が、走馬灯のように頭をよぎっていく。

心残りは、息子として母に対する親孝行ができなかったことだ。
100歳まで生きて欲しかったと思いながらも、
母本人はここで終焉を迎えてよかった、と思っていただろうか。
これまでの人生に、悔いを残してしまったと思っていただろうか。
今は安らかに天国で眠ってほしい。

木漏れ日の差し込む薄ら寒い本堂に響き渡る導師の読経を聞きながら、
92年間生きてきた母の人生を、省みていた。
目に薄っすらと涙を浮かべた顔の辺りを、香の匂いがよぎっていく。
親族の焼香が始まった。

母の人柄が偲ばれる葬儀だった

子供の頃慣れ親しんだ菩提寺で母の葬儀は行われた

梅雨の合い間の少し冷気を含んだ爽やかな空の下、
葬儀繰り出しの儀式は、重苦しい雰囲気を携えたまま終了した。

自宅の庭先で次兄の繰り出し呼び出しによって、
葬具を受け取った参列者はみんな神妙に佇んでいる。
喪主代理となった自分が母の位牌を持ち、
両隣には遺影写真と遺骨を持った兄二人が従った。

菩提寺で営まれる本葬に参列するため、野辺送りという葬列が組まれる。
葬列には位牌、遺影写真、遺骨の後に
先ほど読み上げられた参列者が龍頭(たつがしら)、
鉦、太鼓、六道、灯籠、提灯、花、膳などを持つ。
昔の葬列は歩きながら菩提寺へ向かったそうだが、
時代とともに野辺送りの習慣もなくなり、
今では全員バスに乗って菩提寺まで行くようになったようだ。
そのときに一緒に持っていった装具が形を変えて
お寺の祭壇の上に飾られるようになったのだそうだ。 

自宅に留守番役の女子衆4~5人を残し、バスに乗り込む。
5分くらいで着いた菩提寺の本堂には、先葬を終え
一足先に帰っていた住職が、待ち受けていた。 

子供の頃から慣れ親しんでいる菩提寺には、小さな池に鯉が泳いでいる。
小学校の夏休みには寺子屋教室が開かれ、
年上の子が中心となって宿題の勉強会を開いてもいた。
勉強が終わると池の鯉にエサを与えたり、近くを流れる川で水遊びをしたもんだ。
この地方にはまだ斎場も無く、葬式はこの村にある4カ寺の菩提寺で
行われるのが習慣となっている。

持ち込まれた葬具が互助会の手によって、境内から本堂の祭壇に運び込まれ、
葬儀告別式の準備が進められていく。  

いよいよ母の供養をする本葬が始まった。
本堂正面にある祭壇を中心に、左側に遺族、親族が、右側に一般会葬者が正座している。
100名くらいもいただろうか。母の人柄が一般会葬席を埋め尽くしたようだ。
中には子供の頃に一緒に遊んだ友人ももいるが、ほとんどは顔も知らない会葬者だ。 

司会の開式により、3人の導師による読経がはじまると、
それまで騒然としていた式場も、ピーンと張り詰めていった。 

日めくりカレンダー

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

カテゴリー

最近の記事

ブログ内検索

FC2カウンター

QRコード

QRコード

CREDIT

top