母の死を悲しんではいられない

地方によって慣習が違っていた

振り返れば1昨年6月、母は92歳の生涯を閉じた。
入院先の病院でその命に終止符を打ったのだった。


息を引き取る前日、母を見守っていた親戚から訃報の連絡があった。
急ぎ翌朝車を飛ばして帰郷したが、母はすでに帰家し、自室に安置されていた。
年輪の深い表情からは言いようもない大往生の寝姿であった。


線香をあげ、最後の供養した私の周りでは、地元の親戚が集まり、喪主を務めることになっている自分をまじえ、これからの葬儀の段取りを協議しようと待ち構えているようだった。
聞けばもうすでに葬儀屋さん、お寺のご住職の手配はすんでいるようだ。親戚縁者への通知も二人一組になり、1軒1軒案内状を持参している。火葬場の日取りも決まり、通夜・告別式ももうすでに決まっている。


葬儀の段取りといっても、関東と東北ではしきたりが違う。関東では通夜、告別式が先に行われるが、田舎では火葬が先行する。いわゆる骨葬として、送る慣わしなのだ。
田舎の慣習をよくわかっていない自分が、葬儀を仕切るといってもそれはなかなかできない相談だ。むしろ地元の長老が仕切り、段取りを組んでほしい位だ。


東京の葬儀には精通しているとはいえ、慣習の違いまではわからない。東京の慣習に照らして指示すれば、長老はじめ親戚からの反対は必至だ。特に長老の経験を無視するわけにはいかない。すでにお布施の金額も住職とのあいだで話し合い、決めてしまっている。
日取りの決定はいいが、お布施の額まで喪主に相談もなく、決められては困ってしまう。負担するのは喪家なのだから。
葬儀の進行を考えるにあたって、こんなところが難しい。頭を痛める。


しかし、葬儀は待ってくれない。不満ばかり言っていても予定の日取りは迫ってくる。母の死を悲しんでばかりもいれない。
ことはもっと深刻な問題につきあたってきたのだった。

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