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二十四節気「小暑」

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本記事は昨年の「小暑」を編集し直した予約投稿です。ただ今ブログ活動は休止中です。
そのためタイムリーな記事もお休みしてます。折角お見えいただいても何のおかまいもできませんで、申し訳ありません。






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二十四節気全体の概要はこちらからご覧いただけます。



第十一節気 小暑 しょうしょ     7月7日~7月22日

暑さがだんだん強くなり、各地の梅雨も明けてくる頃です。梅雨の末期には時として猛烈な雨が降りますので注意が必要です。梅雨の間、厚い雲でさえぎられていた太陽が、カッと照るようになると気温も急速に上昇。体調を崩す人も多く見受けられます。
7月7日の小暑と同時に迎える五節句の七夕。天の川を隔てた織姫と彦星の2人が年1度のデートを許された、儚くも悲しい物語が繰り広げられる中国の伝説です。この舞台を見られるのが7日夜の天の川ですが、梅雨空がつづくこの時期はなかなか見ることが叶いません。
七夕飾りの短冊に書かれたお願い、本当に子供が書いたのか疑いたくなるものもあります。「毛が生えますように」、「お父さんが会社で変なあだ名で呼ばれませんように」、親思いの子供ですね。
小暑から立秋までの1ヵ月間が暑中で、暑中見舞いはこの期間内に、立秋を過ぎたら「残暑見舞」となります。小暑の終わり頃に夏の土用に入ります。今年の土用の入りは7月19日、土用丑の日は25日、二の丑は8月6日です。美味しい鰻でもお召し上がりください。



※次の二十四節気は7月23日の「大暑」です。




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第三十一候 温風至 あつかぜいたる        7月7日~7月11日

日に日に暑くなり、もわんとした湿気を含む温風が肌をなでる頃です。夏本番は、すぐそこ。現在の暦では梅雨が明けるかどうか微妙な時季です。
七夕を晴天で迎えることは少なく、湿った温かな空気が流れ込み雷雲が発生しやすくなります。そのため、突然の雷雨や突風などが起こることもあります。
このあつかぜ、熱風ではなく温風とあてているところが、日本の気候に配慮した表現でもあるように思えます。


第三十二候 蓮始開 はすはじめてひらく      7月12日~7月16日

沼や池に浮かぶ蓮の花が開き始める時季です。夜明けと共に紅やピンク、白色の優雅な花を咲かせ、4日目には散ってしまいます。蓮の花の中には、何千年もの間、泥に眠り続けている種子があるといわれています。それがあるとき、水上に現れ、花を咲かせることもあります。
蓮は根や実など、全草食べられる水生植物で、インド原産の蓮は中国を渡って日本へ入ってきたと言われています。また、花を開いて仏陀の誕生を知らせたとされるところから、お釈迦様の座す蓮台や極楽浄土の象徴にもなっており、仏教と密接な関係にあります。泥に染まらない優美な花が咲くため、汚れた濁世においても法(教え)の花(悟り)を咲かせる、とたとえられています


第三十三候 鷹乃学習 たかすなわちわざをならう  7月17日~7月22日

鷹が飛ぶことを覚えて空に舞いあがる時季。鷹の幼鳥が飛び立ち獲物を捕ることを覚える時季でもあります。「一富士二鷹三茄子」ともいわれ、鷹は飛翔力に優れていて、最高時速80kmのスピードで、獲物を急襲します。鋭い爪で獲物の鳥やリス、キツネ、野ねずみ,ウサギなどをつかみ、くちばしで引き裂いて食べます。
「鷹狩(たかがり)」は、日本書紀にも記述があるほど古くから行われていました。主には天皇や貴族、大名、戦国武将などが好んだ狩猟で、鷹好きで知られる織田信長へは、多くの武将が鷹を献上したそうです。優れた狩猟の能力をもつところからその強さ、速さ、権力、高貴さの象徴として、紋章や意匠などに使われてきました。
東北の秋田には農業を営みながら、伝統の鷹狩りを守り続けた鷹匠(たかじょう)がいましたが、近代化の波に呑まれ、戦後姿を消してしまいました。


下の<続きを読む>をクリックすると、小暑前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。ご関心のある方はごゆっくりご覧ください。
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四季の彩りを添えてまいります。



五節句 七夕 しちせき        7月7日

160705阿佐ヶ谷七夕祭そもそも七夕とはお盆行事の一環でもあり、精霊棚とその幡を安置するのが7日の夕方であったところから「たなばた」と発音するようになりました。
災いを避けられるよう機織りをしてできた布を神に供える神事の巫女・棚機津女(たなばたつめ)の信仰が、牽牛・織女星の中国伝説「乞巧奠(きっこうでん)」と習合されたのです。
七夕の神事は、7月7日午前1時頃、いわゆる「夜明けの晩」に行うものだそうで、祭としては7月6日の夜から7月7日の早朝の間に行われます。これは午前1時頃には天頂付近に主要な星が上り、天の川、牽牛星、織女星の三つが最も見頃になる時間帯だからだそうです。
詳しくは過去記事「牽牛・織女は7月7日の夜明けの晩にデートしていた!」をご覧ください。


盂蘭盆会 うらぼんえ      7月13日~16日(月遅れ盆は8月13日~16日)

160705盆飾りお盆の正式名称は「盂蘭盆会」と言い、先祖の精霊を迎え追善の供養をする期間のことです。いわゆる13日の夕方に迎え火を焚き、先祖の霊を迎え、16日の夕方送り火によってご先祖さまにお帰りいただきます。東京などの都市圏、特に都内23区内においては7月に行われますが、地方では8月実施がほとんどです。京都の夜を美しく彩る大文字焼はこの送り火の名残であるとされています。
盂蘭盆会とはインドのサンスクリット語のウランバナ(逆さ吊り)を漢字で表したもので、 「逆さまに釣り下げられ苦しんでいる人を救う法要」という意味です。仏教の盂蘭盆(ウランバナ)の行事と、今の自分があるのは、ご先祖さまのお陰であると感謝する先祖崇拝の心が合体したものです。古くからの農耕儀礼や祖霊祭祀などが融合し、地域や宗教・宗派、あるいは時代によって さまざまに形を変えながら伝えられてきました。
詳しくは過去記事「お盆には先祖や故人を偲び感謝します」をご覧ください。


土用丑の日 どよううしのひ             7月20日

160705土用丑の日『江戸買物独案内』によると、土用に大量の蒲焼の注文を受けた鰻屋、春木屋善兵衛が、子の日、丑の日、寅の日の3日間で作って土甕(つちがめ)に保存したところ、丑の日に作った物だけが悪くならなかったという春木屋善兵衛説や天保10年(1839年)の『天保佳話』では、やはり鰻屋に相談をもちかけられた蜀山人こと太田南畝が、「丑の日に鰻を食べると薬になる」といった狂歌を考え出したという説も。中でも有名なのは江戸時代の蘭学者・平賀源内が夏場の営業不振に悩んでいた鰻屋に助言し、土用の丑の日に鰻を勧めたという説です。
鰻にはビタミンB類が豊富に含まれ、夏バテ、食欲減退防止、滋養強壮に効果があるからだったのでしょう。現在でも疲労回復に効くビタミン類やエネルギー源となる脂質をたっぷり含んだ鰻は大変人気があります。平成30年の土用の入りは7月20日で丑の日は20日、二の丑は8月1日です。
詳しくは過去記事「土用丑の日はやっぱり鰻でしょう」をご覧ください。


朝顔市あさがおいち      7月6~8日 
ほうずき市ほうずきいち  7月9~10日  

160705ほうずき市7月6~8日の3日間は入谷鬼子母神(真源寺)と、その周辺で朝顔市が開かれます。
朝顔は奈良時代に中国から薬用植物として入り、やがて花の愛らしさから下谷御徒町の植木職人が栽培を始めるようになりました。朝顔は、浮世絵などにもしばしば登場する、江戸(東京)の夏の風物詩です。なかでも明治の頃入谷の植木師・成田屋留次郎の朝顔は、変化咲で一世を風靡。入谷の朝顔を世に喧伝しました。
ところが、入谷あたりの市街化や第二次世界大戦の戦火によって、朝顔は東京から姿を消しました。その後地元の有志によって昭和22年、入谷の朝顔が復活したのです。
「恐れ入谷の鬼子母神」の入谷鬼子母神。朝顔市の開かれる3日間は、朝顔の鉢を売る店で賑わうそうです。
ほうずき市はもともと6月23日、24日、薬草として東京都港区にある愛宕(あたご)神社の千日参りの縁日で売られていました。煎じて飲むと、子どものかんの虫や女性の癪(しゃく)によく効くと言われていました。これが浅草寺に波及し、愛宕神社をしのぐ活況を呈するようになったのです。
ほうずき市は観音信仰と関連が深く、月に1回の参詣日が設けられ、なかでも7月10日の功徳は千日分と最も多く、「千日詣」と呼ばれていました。この日にお詣りすると、46,000日分(約126年)に相当するご利益があるというところから、この日を「四万六千日(しまんろくせんび)」と呼ばれるようになったのです。
詳しくは過去記事「夏の風物詩「ほうずき市」「朝顔市」で賑わう小暑」をご覧ください。


 たか

鷹力強く軽快な飛翔力は大空と樹の間を飛び交い、リスや狐、野ねずみ、うさぎなど獲物を急襲し、鋭い爪でつかみ鉤型に曲がったくちばしで食べます。猛禽類であるワシ目タカ科の鷹は比較的小さめのものに分類されるようですが、その明確性はないようです。杉、唐松、桧などの樹木に巣を作り、5~6月頃に卵を産みます。35~38日位で孵化した幼鳥はひよこ程。30日位経つと親鳥と同じ位に成長します。
鷹は生態系の自然が健全でないと生息できなくなるといわれています。現在、生息条件の変化によっては絶滅危惧に移行する可能性があるといわれている準絶滅危惧種に指定されており、希少な鳥であります。
355年に大陸より伝えられた鷹は、王侯貴族の遊びとして、江戸時代には大名たちが剥製にするなど乱獲しました。猛禽類の鷹が絶滅に危惧している理由のひとつでもあります。
詳しくは過去記事「クマタカとともに生きた鷹匠」をご覧ください。


うちわ

160705浴衣を着た女性たち2暑い日に涼をとる道具といったら、庭への打ち水もさることながら、日本古来から伝わる簡易なうちわでしょう。うちわはすだれとともにお金をかけないで暑さを回避する道具の1つです。
中国から伝わったうちわは奈良時代、宮廷や貴族の間で使われており、涼を取るだけではなく、日差しを遮ったり、顔を隠したり、飾り用にも使われていました。戦国時代になると武将が兵士を叱咤激励するために使うようになったのです。相撲の行司が用いる軍配はここからきています。
江戸時代になると祭りや盆踊りなど、庶民にも普及してきました。火起こしに使う「渋うちわ」や火消しが使う「大うちわ」などもこの頃登場しています。
詳しくは過去記事「日本の夏は うちわの夏!」をご覧ください。


浴衣 ゆかた

160705浴衣夏祭りに付き物といえば浴衣。浴衣姿はみているだけで涼しさを感じます。
この浴衣、昔平安貴族が入浴時に着た衣服だとされています。入浴といっても、当時はサウナのような蒸し風呂で、流れ出る汗を吸収するために、湯帷子(ゆかたびら)という、麻でできた簡単な着物を着ていました。
江戸時代になると、湯帷子は入浴後に着るようになり、現在の浴衣へと変わってきました。それが夏の装いとして広く浸透し、夏祭りにも浴衣姿で出かけるようになったのです。その習慣の名残りから、今でも夏祭りの衣装として重宝されています。
詳しくは過去記事「復興と鎮魂をテーマに東北夏祭り8月開催」をご覧ください。

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