ソニーの社会貢献「ランドセル贈呈式」

160408入学式

4月は新しい出会いの時季。街にはフレッシュなスーツ姿や制服が目につきます。
大震災前に生まれた子供も今年は小学校入学。新しい世界への期待と不安が交錯しながらの晴れ姿。
4月1日には大船渡市三陸町の綾里小学校で伝統の和装による入学式が行なわれました。在校生による校歌の合唱で歓迎され、紋付き袴や振り袖姿にランドセルを背負った新入生12人は、緊張した中にも希望に胸を膨らませ、小学校生活をスタートしたようです。
この小学校では自粛された震災の年を除いて、1970年代から始まった伝統の和装による入学式が続いているそうです。
七五三の晴れ姿みたいな紋付き袴の男の子や、女子大生の卒業式並みに振袖に袴を履いた女の子のファッションは可愛らしいですよね。
おらほの田舎の小学校でも2年程前、和装の入学式に臨んだ1人の新入生がおりました。ご両親に見守られ門出を迎えていましたが、今年は新入生がいたのでしょうか。就学児の減少による小学校の統廃合が心配されますが、将来に向ってしっかり勉強し、自分の住む町の復興に貢献してほしいですね。

160408ランドセル小学校の入学式といえば伝統的なランドセル。これも年々高価になってきています。教育費が予想以上にかかる若いご夫婦には負担の大きいもの。

ソニーの社会貢献活動の1つに「ランドセル贈呈式」があるそうです。ご存知でしたか。
1959年、ソニーの創業者井深大さんが発案したもので、戦後間もない頃ソニーの社員といえども生活はそれほど楽とはいえず、新しいランドセルを買ってやれる余裕はありませんでした。見かねた井深さんは少しでも社員の負担を軽くし、祝ってやろうと社員の家族で小学校へ入学する子どもを対象に「ランドセル贈呈式」を提案しました。
恩恵に預かった当時の社員は現在も井深大魂を引継ぎ、第一回から50年以上経った今でも「ランドセル贈呈式」は継続されているそうです。

8ido18000002wgxa2009年からは、「世の中の役に立ちたい」という社員の声により、途上国の教育支援、社会貢献の一環として、「Re-ランドセルプロジェクト」を開始しました。使用済みとなったランドセルを回収し、青空教室でランドセルのニーズがあるアフガニスタンの子どもたちに届けられています。
アフガニスタンは長い内戦の間、国外に避難していた多くの人々が帰還しており、住民の多くが家や家畜を失い、経済的に苦しい中、地域の教育環境向上のためにも、ランドセルの必要性が叫ばれていました。

(写真出典 ソニーCSRより)

石や岩などが突出した足場の悪い通学路には、両手が空くランドセルが重宝されたり、学校施設不足による青空教室では表面がしっかりしているランドセルが、机代わりとして役立っているそうです。ランドセルとともに日本から送られた文房具も分け与えられ、子どもたちは喜んでいるようですね。


(動画出典 ソニーCSRより)

ランドセルがなくて教科書を風呂敷に包んで通学していた同級生の姿が思い出されました。
子供の頃の嬉しかったこと、悲しかったことはいつまでも心に残っていますね。和服で入学式を迎えたおらが田舎の子供たちは幸せな方かもしれません。と共に子供たちの将来を案じてランドセルを寄贈した井深さんには敬意を表します。




下の<続きを読む>をクリックすると二十四節気「清明」、七十二候「第十三候~第十五候」、清明前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
二十四節気
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第五節気  清明 せいめい  4月4日~4月19日頃

清明とは万物が「清浄明潔」の略で、この頃になると春気玲瓏として、草木の花が咲き初め、 万物が清々しく明るく美しくなるといわれております。春分後の15日目にあたる清明は旧暦3月辰の月の正節であり、新暦では4月5日前後となります。
お花見シーズンでもあり、山吹、ひなげし、蓮華草、チューリップ、芝桜、花梨など寒さにジッと耐え忍んだ花々がその姿を漂わせ、可憐な姿を次から次へと私たちに魅せてくれます。一年中で最も心が浮き立つ頃であり、百花が咲き競う季節でもあります。
この時季、桜前線は北陸地方や東北地方の一部にまで到達し、その鮮やかな花を開花させてくれます。下北半島を渡り北海道に開花の報が伝わる5月の連休明け頃、人々は野外へ出て春の陽光の下でお花見を楽しむ時期でもあります。


七十二候IMG
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第十三候 玄鳥至 つばめきたる   4月4日~4月8日頃

冬の間、暖かい東南アジアの島々で過ごしていたツバメが海を渡って、日本にやってくる頃。つばめの飛来は、本格的な春と農耕シーズンを表しています。4月上旬に飛来した燕(つばめ)は、卵を産み、ヒナを育て、冬を迎える前に東南アジア方面へと羽ばたいていきます。
つばめがやってき、代わって雁が群れをなし北に飛び去っていきます。空の主役が交代することになる季節でもあります。


第十四侯 鴻雁北 がんきたへかえる   4月9日~4月13日頃

前年の寒露の初侯にやってきた雁は、清明の次侯に帰っていきます。またこの時季は初侯の玄鳥至(つばめきたる)でつばめがやってき、代わって雁が群れをなし北に飛び去っていきます。
春に飛来するつばめとともに、昔から季節をあらわす鳥として文学の上で親しまれ、多くの詩歌に詠まれています。雁は「がん」とも「かり」ともいいます。がんは、森鴎外の小説に、かりは新国劇の「国定忠治」の「あゝ、雁(かり)が鳴いて南の空へ飛んで往(い)かあ」というセリフでも印象に残っています。


第十五侯 虹始見 にじはじめてあらわる     4月14日~4月19日頃

春雷をともなうにわか雨が止み、雲間からさす柔らかな光に、不意に虹が浮かび上がることがあります。夏の虹と違って、淡くたちまち消えてなくなりますが、その淡さが妙に心に残ります。
春が深くなるとともに空気が潤うこの時季、雨上がりにきれいな虹を見ることが多くなります。若葉茂る野山を背景にかかる虹は幻想的です。



季節の彩り
四季の彩りを添えてまいります。


清明節と清明祭 せいめいせつとせいめいさい

160403清明節この時季、沖縄では清明祭(シーミー)という墓前祭が行われます。これはもともと中国から伝ったもので、二十四節気の清明の時、祖霊に加護を求めて行われていました。それが次第に祖先の供養となり、墓前で線香を焚いたり、 花や酒、お菓子、果物、御三味などを備えるようになりました。今では墓前でお弁当を広げ、ピクニックのように先祖と食事を楽しんでいるようです。
中国から伝わった二十四節気の清明節は、祖先のお墓参りをし、墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれています。また春を迎えて郊外を散策する日であるところから「踏青節」とも呼ばれているようです。
日本が鎖国政策を放棄した江戸時代末期から明治にかけ、中国華僑は横浜や神戸などにも居住するようになり、その地の墓地で行なわれる清明節の儀式がいい伝えられています。
詳しくは過去記事<花々が咲き誇る清明><1年で最も華やかな時季 清明>をご覧ください。


土用にご用心 どようにごようじん

160403土用2016年の4月16日は雑節の春土用です。土用というと炎暑の丑の日をイメージしてしまいがちですが、実際はそれぞれ立春、立夏、立秋、立冬の前18日間を土用と呼びます。立春前を冬土用、立夏前を春土用、立秋前を夏土用、立冬前が秋土用です。中でも7月下旬~8月上旬にかけての夏土用が印象強く残っております。
土用は「土旺用事」といい、土の気が旺(さかん)である時期であるため、土を動かしたり、穴を掘ることを忌むとされました。また、殺生も不吉とされています。この間は土を司る神、土公神(どこうじん)が支配する期間で、土の作用(エネルギー)が強くなります。季節によって遊行する土公神は、春は「かまど」、夏は「門」、秋は「井戸」、冬は「庭」にいるといわれています。季節の土用ごと、該当する場所の土を動かす作業を行うと土公神の怒りをかい、祟りがあるとされています。
詳しくは過去記事<土いじりは避けたい冬土用>をご覧ください。


虹の架け橋 にじのかけはし

160403虹「虹」とは「虫」偏に「工(つらぬく)」と書きます。古代の中国人の間には虹を蛇や龍の一種と見なす風習があり、龍が創り出すものと伝えられておりました。いわゆる虫という蛇や龍が大空を貫くというところから、「虹」と呼ぶようになったのです。
主虹である「虹」を雄とし、副虹たる雌を「蜺」(ゲイ)と呼んでいました。実際、虹(ゲイ)という龍の仲間や蜃(しん)という龍の仲間もおり、いずれも虹を作ることができるそうです。この蜃という生き物は亀の甲羅に蛇のような頭を持ち、砂漠や海に住んで、時折霧のようなものを吐き、遠くの景色を幻として大空に映し出すことができるのだそうです。これを「蜃気楼」といっていました。
科学的知識のなかった昔の人はこのように自然の世界を見ていたようです。今なら光学的に解明しているのでしょうが。
詳しくは過去記事<驟雨一過に現れる幻想的な虹>をご覧ください。

山笑う春 やまわらうはる

160403登山俳句の世界では春の山を「山笑う」と表現しますが、まさにこの時季さやさやと吹き抜ける風に、若葉や春の花が柔らかな日差しを浴びて微笑んでいるかのようにも感じます。夏の山は「山滴る」ともいいます。きっと苔むした岩肌から清らかな水滴が滴り落ち、暑さの中に涼を呼ぶ情景としてとらえたのでしょう。赤や黄色の紅葉が山を彩る秋の山を「山装う」、あるいは静寂に包まれ、深い眠りについているかのような冬山の姿を「山眠る」などと、先人たちは四季折々の山の姿を眺めては、その季節ごとに俳句の季語として取り上げてきました。
野草が咲き並び、澄んだ空気に囀る小鳥の鳴き声は、なかなか平地で見かけることができない光景ですが、逆に3000mを超す高山では、真冬そのものです。初心者は無計画に登らないでしょうが、毎年のように遭難のニュースが流れます。2000mを超す高山は過ぎ去った季節にタイムスリップするようなもの。山に笑われないよう、十分な装備をして臨んで下さい。
詳しくは過去記事<心豊かに晩春を極む>をご覧ください。

つばめの減少 つばめのげんしょう

160403つばめつばめが低く飛ぶと雨が降ると子供の頃は言われたもの。雨が降る前は空気中の水蒸気が増えるため、小さな虫たちも湿気をおび、高く飛べなくなります。従って餌となるこの虫を追いかけるつばめも低空飛行せざるを得なくなるというわけです。
そのつばめ、最近春に訪れる数が減ったといわれています。
つばめが減少している背景には里山の自然や農耕地の減少によって餌となる虫が減っている、軒先のない西洋風家屋の増加によって巣作りが困難になった、原発事故による放射性物質がつばめに与える影響が大きいなどの要因が考えられています。いずれも私たち人間の生活と深い関わりがあるようです。
そのつばめも秋になると南の国に去っていきます。
詳しくは過去記事<つばめ去って深まる秋のさんま祭り>をご覧ください。


藤の花 ふじのはな

160403藤今この時季、日本列島は桜の花に酔いしれております。満ち溢れた地方もあれば、これから咲き綻ぶ地方もあります。大震災の被災地も、これから美しい日本の花々を見せてくれるでしょう。
暖かな春雨が柔らかく降る穀雨のころ、植物は活気づき、様々な花を見ることができます。梅が終わって桜が咲き、桜が散り始めるとツツジが見頃を迎えます。その頃になると藤棚に藤の花が咲き誇るでしょう。春の終焉と初夏の間、藤の花はつるを伸ばし、棚仕立てに紫色の小さな花をたくさんつけて花房を垂らします。
大阪市福島区の野田は「ノダフジ」と呼ばれた藤の名所。歌にも数多く詠まれ、足利将軍を始め豊臣秀吉も訪れてその美しさを褒め称えたということです。昔から盆栽や和風の鉢花として利用されてきた藤の花は「吉野の桜、野田の藤、高尾の紅葉」と賛美されていました。つる性であちこちの高いところから垂れ下がる花には風雅さがありますが、人によっては「成り下がる」として縁起を担ぐ人もいるようです。
詳しくは過去記事<大自然のキャンパスに緑を織りなす穀雨>をご覧ください。

ホタルイカの神秘 ほたるいかのしんぴ

160403ホタルイカ春の夜になると、海上に青白い光を放つ「富山湾の神秘」が見られます。それは小さな体に、無数の発光器をもつホタルイカの群れです。毎年3~6月にかけ、夜になると産卵のため海岸近くまで群れとなって押し寄せてきます。日本近海で海岸近くまで大群をなして集まるのは富山湾だけであり、「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されています。
外敵から身を守る目的で発光するホタルイカ、定置網で引き揚げる際にホタルイカが青白く発光する光景は、蛍が乱舞しているかのよう。実に幻想的で、富山湾の春の風物詩となっています。
春に降るにわか雨を春時雨といいますが、その中で食べるホタルイカの刺身や酢味噌和え。グルメを愛する日本人ならではの味覚です。
詳しくは過去記事<1年で最も華やかな時季 清明>をご覧ください。
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