• 2016
  • 02/10
  • Wed

皇紀2676年 日いずる日本

2月11日は「建国記念の日」、国民の祝日ですね。平和な日本にいると平和ボケしそうですが、あらためて日本の建国の成り立ちを振り返ってみたいと思います。

16210がんばろう日本

日本という国がいつどうやってできたのかはまだまだ解明されていないことが多く、あくまでも予測になってしまいますが、簡単に説明すると次のようなことがいえると思います。
もともと小さなたくさんの国の集まりであった日本は次第に一つにまとまり、ヤマトという国として形成されました。長い歴史を持つ中国では、日本を「倭(わ)の国」と呼び、存在感のない小さな国としてとらえていたのです。
やがてヤマトの国も大きくなり、揶揄されていた中国に対し、聖徳太子が書簡を送りました。その中に「日いずるところ」という言葉が使われていたということです。「日いずる」とは太陽が昇るという意味で、地形上中国より東にある日本は「太陽が昇る国」であったのです。
この「日いずるところ」が、「ひのもと」、そして「日本」というように変わっていったと考えられています。

2月11日を建国記念としたのは、「古事記」や「日本書紀」に書かれていた神倭伊波礼比古命(神武天皇・かむやまといわれびこのみこと)の伝承からと、考えられています。
神倭伊波礼比古命は宮崎県日向から船出をし、紀の国(和歌山県)の熊野に上陸。辛苦を重ねた結果、八咫鳥(やたがらす)に導かれヤマトを平定し、初代天皇(神武天皇)として即位したのです。
日本書紀によるとこの日は旧暦の1月1日であり、新暦では紀元前660年2月11日にあたります。今年2016年は皇紀2676年といわれております。
明治の初め、建国を祝う日としてこの日を「紀元節」と名付けましたが、一説では神武天皇の実在証明が難しく、即位した事実さえも懐疑的なところがあるようです。

先祖にあたる神武天皇が日本を建国したと言われてますが、 今上天皇が第125代になるそうですから、長い歴史がありますね。日本の皇族は世界にも類を見ないです
82歳になられる天皇陛下、今でも精力的に公務をこなされております。先の東日本大震災では被災地を訪問したり、先日はフィリピンなどにも精力的に行かれました。通常では年間1000件の書類に署名押印し、200件の各種行事にも出席されているそうです。  
一時は前立腺癌を手術しましたが、転移も見られず順調のようです。若い頃は好きな愛車でドライブされてたようですが、先日運転免許を返上されましたね。

アメリカには独立記念日があるように、中国には国慶節があります。他国では独立記念日を建国記念にしているところが多いようですが、日本と韓国 だけは神話による建国記念を設定しております。
日本の建国記念日の設置には議会で、神武天皇即位の年月は根拠が薄弱だと反対され、廃案になったそうです。苦肉の策で 「建国記念の日」と「の」を入れ、昭和41年に祝日法改正案を成立させました。

源平合戦で那須の与一が射ち落したのが日の丸の扇子、室町時代の朱印船の船尾には日の丸の旗、江戸幕府は日の丸の幟を日本惣船印に制定するなど、そのシーンで大切に扱われてきた日の丸。日の丸の赤は太陽を象徴し、まっすぐな心、赤心(=誠意)を表しているそうです。日の丸の円は、人々の環、輪、和を、背景の白地は、汚れなき心、至誠、私心なき心、純粋、純白を表しているんですね。スッキリとしたいいデザインですよね。
明治の初め、日の丸を売ってほしいという国が現れるなど、日の丸は他国からも注目されていたようです。

国旗に思いを寄せる各国では自国他国を問わず、国旗を踏みつけたり、焼いたり、切り刻んだりする行為は犯罪で刑罰が与えられます。 但し、韓国の場合、日本国旗は黙認状態なんですって。一時期日本の国旗を燃やす事件がありましたよね。日本全土に油を撒いて火をつけるようなもので許せない行為です。
日本の法律には外国国章損壊罪があるそうですが、他国の国旗が対象で自分所有の日章旗であれば、処罰の対象にならないそうです。

国旗に関しては<こちら>から過去の記事をご覧ください。





二十四節気の立春、七十二候等に関しては下記の「続きを読む」からご覧ください。
二十四節気
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立春 りっしゅん   2月4日~2月18日頃

2月4日は二十四節気の「立春(りっしゅん)」です。いよいよ待ち望んでいた春の到来です。立春は冬至と春分の間で、冬と春の分かれる節目の日とされる「節分」の翌日でもあります。厳しい寒さは続いておりますが、寒さの頂点が過ぎ、この日から春に向かっていきます。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり、春の兆しがところどころで見られるようになります。
いわば春の初日とも言える日であり、二十四節気の新年でもあります。旧暦では一年のはじまりは立春からと考えられていました。そのため八十八夜や二百十日などは立春を基準にしており、様々な決まりや節目の日が存在しております。
「冬来たりなば春遠からじ」。四季は循環します。厳しい寒さの後に暖かい春がやって来きます。大寒の後に来る立春とは、「陰(寒さ)極まって陽(暖さ)生ず」という東洋哲学に通じます。



七十二候IMG
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第一候 東風解凍 はるかぜこおりをとく   2月4日~2月8日頃

七十二候の第一候は「東風解凍」から始まります。
暖かい春風が池や湖の厚い氷を解かしだし、魚が勢いづいて泳ぎ出すことをいいます。東風(こち)と呼ばれる春の風が東から吹きますが、春のそよ風というには、まだ冷たくひんやりしています。だが融けだしたつららは透明に変わり、そこから雫が垂れ落ちるなど春の兆しはあちこちに見られるようになります。


第二候 黄鶯睍睆 うぐいす、なく   2月9日~2月13日頃

南の国から徐々にその美しい鳴き声を聴かせてくれるうぐいす。3月になると西日本や東日本、4月5月には北日本でもほとんどで聞かれるようになります。その季節初めての鳴き声を聴くことを「初音」といいます。人里で聞いた「初音」も春の深まりとともに山へ帰り、巣づくりをするのだそうです。
ホーホケキョの鳴き声を聞くのは早春の頃でしょうか。ホーホケキョのホーは吸う息、ホケキョは吐く息で、胸をいっぱい膨らませて囀ります。春一番が吹く頃、うぐいすの鳴き声が聞こえ始める地域もあります。昔から農耕の準備を始める目安とされてきました。


第三候 魚上氷 うお、こおりをいずる   2月14日~2月18日頃

魚が肥えて踊る季節をいいます。川や湖の水がぬるみ、氷が割れて魚が跳ねるといわれております。
春先の薄く張った「薄氷」の下で盛んに泳ぎ回る生命力に満ちあふれた魚たちが、温かくなった水の中にゆらゆら泳ぐその姿がよく見え始めます。
都会生活ではなかなかお目にかかれない光景ですが、目に見えずともどこからか春の息吹が伝わってくるようです。


季節の彩り
四季の彩りを添えてまいります。


立春大吉 りっしゅんだいきち  2月3日頃

1624託鉢立春の早朝、禅寺の門前には「立春大吉」と書かれたお札を貼る習慣があります。暦の上では正月が1年の始まりですが、立春を新年の始まりと考える二十四節気では前日の節分が大晦日にあたります。この日は豆を撒いて1年間の厄を落としていました。
立春の朝には檀信徒などでもこれから1年間の厄除けを願い、玄関などに「立春大吉」のお札を貼りだしていたのです。
薄い紙に縦書きすると左右対称になり、裏から見ても同じ「立春大吉」と読むことができます。つまりこの札を入口に貼っておくと、うちに上がり込んだ鬼が振り返った時、同じ札を見て「まだうちの中に入ってなかったか」と勘違いし、逆戻りし外に出て行くというわけです。
春の兆し、吉の兆しを感じる立春大吉。我が地方でも菩提寺である曹洞宗のご住職が、毎年寒が明ける立春の前日、檀家の門前で経を上げ、「立春大吉祥」のお札を置いていかれます。檀信徒が良い一年を迎えられるようにという、曹洞宗古来のありがたい習わしでもあるのです。
詳しくは<2015年01月30日「待望の春も間近!立春大吉祥」>をご覧ください。


針供養 はりくよう    2月8日または12月8日

1624裁縫箱針供養は江戸時代に始まった行事で、農作業が始まる事始めのこの日、それまで活躍してくれた古い針を近くの神社に納めていました。昔は家族の衣類は全て女性の縫物によって賄われていました。裁縫の上達を願い、針供養において曲がったり折れたりした針を、豆腐やこんにゃくなどの柔らかいものに刺して針の労をねぎらっていたのです。
針供養は地域によっても違いますが、一般的には2月8日の事始めか12月8日の事納めに行われます。地方によってその供養の仕方がさまざま違います。古くは漁師の持ち寄る釣針もあったようですが、現在では和裁・洋裁学校やファッション関係、あるいは病院の看護師などが注射針を持ち寄るなど、針にかかわる多彩な職業の方々が針供養で感謝の祈りを捧げているようです。
亡くなった母は針仕事をよくやってました。終わるといつも針刺しに戻して大切にしていましたね。私も中学校の授業で運針の練習に雑巾作りをしていましたよ。
詳しくは<2012年2月5日「2月8日は事始め、針供養です」>をご覧ください。


事始め ことはじめ   2月8日または12月8日 

1624事始め2月8日は「事始め」ですが、地域によっては12月8日を事始めとしているところもあります。その違いは始める「事」が「人事」であるか「神事」であるかの違いです。2月8日を事始めとするのは関東に多く、農作業が始まる日とされております。この場合12月8日は農作業を終える「事納め」といえます。
逆に12月8日を事始めとする考えは関西に多く、正月行事の準備を始める日と考えられていました。この日は年越しの「神事」が始まる日であり、2月8日は正月行事の後片付けをする事納めの日でもあったのです。
2月 8日と12月 8日をまとめて「事の八日(ことのようか)」と呼んでおります。
2月といえば寒が開けたばかり、まだ寒い時季です。昔の事始めは旧暦で行われていました。現在の暦にしてみれば春分も含まれる3月。春が来て暖かくなり、農作業も始まる時季だったと考えれば当たり前だったのかもしれません。
詳しくは<2012年2月5日「2月8日は事始め、針供養です」>をご覧ください。


初午 はつうま   2月11日頃 

1624初午初午は雑節の一つであり、2月最初の午の日で各地の稲荷神社や会社の稲荷社などでお祭りが行われます。 
江戸時代、経済的にゆとりのあった商人が、自前で神社を持つほどになりました。本来穀物の神だった稲荷神社は、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全を司る神として選ばれ、商業地に広がったのです。いまでも都会などの会社では事務所に神棚を設けたり、ビルの屋上にお社を移し、信仰しているところもあります。 
親しみを込めて呼ばれるお稲荷さんといえば狐というイメージですが、キツネは神の使いの霊獣であって決して神様そのものではありません。キツネが選ばれたのは、稲荷大神が農業神であることと深く結びついているようです。
日本人には古くから神道の原形として「山の神、田の神」の信仰があります。春には山の神が里へ降り、田の神となって稲の生育を守護し、収穫を終えた秋に山へ帰って、山の神になると信じられていました。 狐も初午の頃から収穫の終わる秋まで人里に姿を見せ、田の神が山へ帰られる頃に山へ戻ります。
このように「田の神、山の神」と同じ時期に姿を見せる狐はその昔、御先稲荷(おさきとうが)と言い、その後は眷属(けんぞく)と呼ばれる一員として、稲荷神の神使いとされるようになったのです。
詳しくは<2015年2月10日「狐と油揚げと初午」>をご覧ください。


バレンタインデー ばれんたいんでー   2月14日

1624バレンタイン西暦269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌス(バレンタイン)に由来する記念日であるとされています。これにローマ神話の女神ジュノーとのロマンスが結びつき、ヴァレンティヌスは愛の守護神となり、愛を語り贈り物を交換することになったのが、2月14日でした。
この日は男女の愛の誓いの日とされ、ヨーロッパなどでは、男性も女性も、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を、恋人に贈ることができる日とされています。今日のようにチョコレートを贈る習慣は、19世紀後半のイギリスで始まったようです。
日本での慣わしは、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年2月12日、雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年2月に伊勢丹新宿本店でメリーチョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行ったのが始まりです。
どちらも結果は芳しくなかったようですが、今ではチョコレートの年間消費量が、この日1日で4分の1消費されるほどの国民的行事となっています。交際中の恋人や既婚の夫婦はもとより、上司、同僚、ただの友人など恋愛感情を伴わない相手にも贈る「義理チョコ」や女性同志で贈る「友チョコ」などもあります。
詳しくは<2008年2月11日「義理チョコおもしろ雑学」>をご覧ください。


山焼き やまやき    1~4月頃

1624山焼き赤々と燃え上がる炎の祭典。山一面が炎に包まれる光景は圧巻で、その地方の風物詩となっております。
京都や箱根の大文字送り火は、精霊を黄泉に返す精霊送りの意味を持ち、あくまでも宗教的行事であるのに対し、山焼きは新芽を出させるために山腹の広い範囲を焼くことであります。
春先のまだ草木の新芽が出ないこの時期に野山の枯れ草を焼く山焼きは、土をよく肥やすために行われます。焼けた跡にできる灰は肥料となり、春の芽生えが生き生きとなり若葉が一斉に出てきます。
草原は野放しにして置くと、いつしか森へと変わってしまいます。茅葺屋根や畑の肥料、家畜の飼料を得るために欠かせなかった草原は、山焼きによって新たな若草のための肥料とする効果もあります。
山焼き跡の土地を好んで生育する植物、一定の加熱を経ないと種の殻が割れない植物もあります。山焼きは害虫を焼き殺す効果もありますし、日差しが地表によく届くようにもなります。
詳しくは<2011年2月7日「山や草原は萌え萌えの季節」>をご覧ください。


雪まくり ゆきまくり    2月下旬頃

1624雪まくり雪まくりとは、風などで雪の表面がまくられて転がり、アンモナイトかロールケーキか、と思われるように巻かれた状態の雪玉ができる現象のことをいいます。その姿から「雪まくり」と呼ばれており、固くしまった雪の上に積もったやわらかい新雪を芯に、強風や斜面など、雪が転がりやすい状態のときよく見られます。
なかには木の枝や電線などから落下した雪が、それを芯として斜面を自然に転がり、表層の湿った新雪を巻き取って大きく成長することもあります。転がる距離が長いほど成長し、大きいものでは直径が50cm以上、幅も数10㎝以上にまで達します。
山形県の庄内地方では、これを「雪俵(ゆきだわら)」と呼んで豊作の知らせとしています。
私も子供の頃、小さな崖に降り積もった雪が滑り落ち、下に着く頃には10㎝位の大きさに成長している雪まくりで遊んでいました。投げつけた雪玉が落ちてくる途中、新雪を巻き添えにしみるみる大きくなっていきます。途中で止まるもの、最後まで転がり落ちるものなど様々でした。
詳しくは<2012年2月15日「雪まくりも見えはじめる雨水」>をご覧ください。

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