東北・関東大震災地獄絵巻

前代未聞の大震災発生
3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の東北・関東大震災発生。
突然グラグラッ、ズシンズシンと腰が抑え込まれるような揺れ。蛍光灯が大きく揺れている。室内の空気が重く流れ出した。窓ガラスが不気味な音を立てる。食器棚がガタガタ音を立てて踊っている。床は上下左右に揺れ動く。激しく揺さぶるブランコかシーソーに乗っているような恐怖の時が迫ってきた。
その時、自宅でラーメンを食べていた。思わず立ち上がって背中越しにある食器棚を押さえた。膝がガクガクと震える。石油ストーブは煌々と燃えている。作動してくれ、自動消火装置。頭は真っ白。いつまで続く激震。いつもの地震より長い。まるで地震という悪魔が部屋中を走り回っているようだ。
食卓をふり返ってみたらスープがこぼれ落ち、箸が散乱している。5分くらい経っただろうか、やがて揺れが緩やかに静まる。ストーブを消し、戸を開け、外に飛び出した。
電気が止まり、水道が断水、電話も不通。安普請の家屋は激しい揺れにも耐え忍んだ。この時から外界とは断絶。被災地生活が始まった。時折り続く震度4クラスの余震は、まだ不安の残る被災者の心をもてあそぶようだ。
真っ暗闇の部屋に灯る薄暗いローソクの淡い炎の夜を明かした翌日には、電気の光が復活。暗黒の世界から抜け出し、ホッとする。と同時にそれまで情報不足で知らなかったテレビによる大津波地獄絵図が再現された。

10mの防潮堤を乗り越えて
路上に乗り上げた漁船
大地震より約1時間後、今度は大津波発生。
三陸宮古のリアス式海岸に押し寄せた津波は、入り江でその威力を増し、10mの防潮堤を乗り越えた。町の家々を押し流した津波の破壊力はすさまじい。船舶は町に乗り上げ船底をさらけ出し、車はまるで木の葉のように揺れ浮かぶ。家屋は軒並み倒壊、鉄骨のビルでさえ骨組みを残すだけ。逃げ遅れた人々はどれだけ恐ろしかっただろうか。いまも公立病院には緊急病院として他町村の支援救急車が毎日サイレンを鳴らし、負傷者を運びこむ。警察署、消防署には犠牲者の救出にあたる自衛隊の基地が特設された。他にも身内を失いながらも懸命に人命救助に当たる地元の消防分団員。大震災による犠牲者は8千人を超え、行方不明者を含めると2万人の数となることは、テレビで報道の通りである。

九死に一生を得た知人
家屋の前もガレキの山
職場で津波に遭遇した知人はヘリに救出され、3日振りに帰宅。逃げ遅れ会社のビルの屋上で1晩。翌日ヘリに発見され、同僚数人と近くの神社に運ばれた。寒い一夜を明かした翌日、比較的被害の少なかった山道を車で駆け巡りながら帰宅できた。生きた心地がしなかったろう。運良く高台に逃げのび助かった人々も家々を流され、今は不便な避難所暮らし。燃料がない、食料がない、生活用品がない。風呂の問題、トイレの問題、感染の問題等々山積みだ。広い部屋で毛布1枚。そのうえ積雪4~5cm。真冬並みの寒さもあった。環境の変化とともに、あまりの寒さに夜は眠れなかったことだろう。
被災後3日目には電気と水道が復旧し、暖は取れるようになった。トイレは正常に水が流れる。風呂も入ろうと思えば入れる。しかし灯油がない。灯油を入手できるまで節油しなければならない。1日おき、2日おきの入浴を余儀なくされる。復旧の遅れているのが固定電話。今だに受発信ができない。携帯電話も圏外。auもドコモも通話出来てるのに、ソフトバンクだけが12日間も通じなかった。各地の友人知人と連絡できないどころか、近所の親戚にも連絡を取ることができず、急用の場合は直接訪問するしかない。避難所の避難者名簿や伝言板などは直接避難所まで行かなければ確認できない。郵送物も被災地からの発送はできるが、被災地への配達は受付拒否されるそうだ。不便だ。

店頭には何処も長蛇の列
5日目にして設置されたNTTの衛星電話による無料電話を利用して見た。しかし、これも通じない。相手の電話の着信拒否を解除してもらわないと繋がらないそうだ。どういうことだ。無事を知らせようとダイヤルしているのに、着信拒否を解除してくれと、どういう手段で相手に伝えればいいのだ。
避難所には各地から食料や毛布、薬などの避難物資が届くようになったが、被災を免れた個別の家では各自で必要な生活物資を調達しなければならない。震災直後から仕入れを断たれたスーパー、コンビニなどには長蛇の列。食料品を求めてどこも長い行列が続く。やっと入った店内のショーケースには冷凍やレトルトの食品など何もない。乳製品、魚介類、肉類もない。あるのは近所の農家で栽培された野菜のみ。即席麺などは1人何個までの制限付きだ。それでも買い出しの波は後を絶たない。仕入れがうまくいかない店舗は開店休業状態。

トイレ使えます!その間、車番します
看板
行列ができる店といえばガソリンスタンドもそうだ。「本日500台に限り、ガソリン、軽油、3,000円まで給油中」。燃料に困っているドライバーなら飛びつく。2km、3kmの車の行列は当たり前。朝5時過ぎから並んで給油できるのはガソリンスタンドが開店する8時過ぎ。7時半頃最後尾につけた自分が給油できたのは午前11時過ぎ。列に割り込んだり、怒声を張り上げるドライバーもいない。皆マナーを守って自分の順番を黙々と待っている。
しかし待ち時間3時間半はきつい。暇を持て余す車内は暖房されているとはいえ、長時間の間には尿意をもよおしてくる。思ったところにトイレがあるわけではない。あったとしても同乗者がいないと車を離れるわけにはいかない。皆どうしているのだろう。いざという時はビニール袋に車内で処理しようかと、笑えない話。
そんな時目についたのがパチンコ店の看板。「トイレ使えます!その間、車番します」。思わず走り込みたくなった。そうかといえば、美容院のウィンドウにはこんな張り紙も。「被災者、避難所の方、洗髪無料でいたします」。さすが、この商魂の逞しさ。

町はガレキの山 急がれる復旧
ガレキの山
行方不明者はまだ発見されていない中で、犠牲者の救助もすすみ、復旧のための作業が急がれてきた4日目、5日目。まだまだ壊滅状態となった被災地には入れないが、ガレキの山となった町の中心部では、被害のあった自宅の後片付けが始まった。貴重品や再利用できるものは復旧した水道水で洗い流し、そして濡れた畳などは天日干し。道路は至るところ泥だらけ。スニーカーなどは滑りやすく、長靴は必需品だ。半壊した家々の周りには、伝染病の防止のためか、消石灰の白い粉が撒かれている。放置された車両の撤去や半壊した家屋の取り壊しなどによるガレキの屑は、ゴミ処理場に集積される。

支援物資も避難所まで届かない
ガソリンスタンド
苦しい被災生活とはいえ、徐々に皆さんの好意と、行政面での支援物資が行き渡るようになってきた。被災地までは届くが、避難所へ物資を輸送する手立てがない。ガソリンがない。道が通れない。車両がない。人出がない。避難所優先のためか、流失を免れた個別の家庭までは行き渡らない。ネットが繋がらない、携帯電話も使えない、行列ができる食料品店、そして品不足、買占め、燃料不足、通信不良。避難民と同じように不便な生活を虐げられている。

暖かい支援、メッセージを心強く
今日で震災後13日。未曾有の大震災は被災地の暮らしをついばむ。個々の力ではどうにもできない自然災害。被害を免れた方々からの暖かい支援、メッセージを被災地の避難民は心強く感じている。そして生きて行くために明日への希望を強く抱き、犠牲になられた多くの方々のためにも、この町の復興を誓っている。大震災がもとで発生した原発事故、それに伴って行われた計画停電など、皆さまも間接的な被害を被っていることと思う。にもかかわらずボランティアの申し出、避難民の受け入れなどの協力体制は日本人の情の深さを感じる。

今回「華麗なる歳時記」はテーマを変更し、大震災の被災地となった自らの災害状況を探索してみました。やっと本日23日になって電話も復旧し、ネットもつながってブログを更新することができました。皆さまからご心配のコメントを沢山いただきながら、今日まで拝見することができなかったことをお詫び申し上げます。
我が町そして被災地の1日も早い復興を願うとともに、皆さまの暖かい協力に感謝する次第であります。


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No title

大変だったですね・・
家は、被害は少ないですが、やはり、大変な状態です。
家も4:30に起きて、ガソリンスタンド並びました。
仕事の車にガソリン入れない事には、身動きとれないので・・

疲れた・・・と、主人もいっておりました。

電気もガスも使えるので、こちらは、全然、ましなのですが。。。

1日も早い復興がまたれますね・・
踏ん張ってくださいね・・・

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安心しました。

11日のコメント返しからプッツリ!
いつもコメントをくれるmatsuyamaさん。。
心配していました。
良かったですご無事で!!
私の釜石の親戚も家は全壊しましたが、
非難して無事でした。
娘の高校の時の副担任も大槌町。
こちらも安否確認が出来ました。
これからが大変だと思いますが、
どうぞ頑張られてください。
わたしも自分の出来ることを・・・
とりあえず禁煙募金をしています!!
  • |2011.03.23(Wed)
  • |釣るべー
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No title

生きていて下さったんですね。
安心しました。本当に良かった。
まだまだ行方不明の方々がたくさんいらっしゃいますが、
まずはご無事を知り、こんなに嬉しいことはありません。
毎日が大変でしょうが、どうぞ無理をせずお過ごし下さい。
  • |2011.03.23(Wed)
  • |まろゆーろ
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こんばんわ^^

ご連絡有り難うでした。
大変でしたね~
他に言葉が見つかりません。

仙台の方二人のブロ友さんとも連絡がつき、
matsuyama さんで、私の知っているブロ友さんは
皆さんご無事だと言うことが分かり、大変嬉しいです^^b

まだまだご不便な事も多いでしょうが、
少しでも早い完全復旧を願っています^^*/
  • |2011.03.24(Thu)
  • |たえ
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No title

おはようございます!
とにかく無事で何よりです!!!
良かったです!

周りの状況はすさまじいですね・・・
テレビやニュース、報道でいろいろやってるのをみてましたが
あらためてそう思います・・・
いまは災害による、二次三次被害が出てきております
まだまだお寒い中、いろいろ大変だと思います
心よりお見舞い申し上げます
そして、ほんとうに1人でも多くの人が助かり
一日も早い復興を切に願います。
  • |2011.03.24(Thu)
  • |スーパーサイドバック
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No title

とにかくご無事でよかったです。
更新も足跡も止まっていたので…
安堵致しました。
  • |2011.03.24(Thu)
  • |itchann
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前代未聞

まさに、でしたね

私も水道、ガス、電気がとまりましたが

上下水や電気の大切さ、まざまざと知らされました


ありがとうございます
  • |2011.03.24(Thu)
  • |ponsun
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No title

よかったです。
本当に良かった。
家も無事なようでなによりです!
  • |2011.03.24(Thu)
  • |こちくん
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Re: くろこ姫さんへ☆彡

明治以降では最大の大震災だったようですね。
何しろ地震の揺れはいままで体験したことがない不気味な揺れ
でした。安普請の家ですからいつ倒壊してもおかしくない状況
でしたが、何とかM9.0の激震に耐えてくれました。
阪神・淡路大震災の時は家屋が倒壊し、火災が発生したことが
大惨事に繋がったように記憶してますが、今度の東北・関東大
震災では地震よりも、むしろ津波による犠牲者が多かったよう
にも感じられます。
今は各被災地とも懸命の復旧作業に追われています。通常の日
常生活ができるまではもう少し時間がかかりそうです。

  • |2011.03.24(Thu)
  • |matsuyama
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  • |2011.03.24(Thu)
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Re: 釣るベーさんへ☆彡

そうなんですよ。コメ返しの書き込みをしている最中でした。
大地震のあった日の2,3日前にも割と大きな揺れがあったんです
よね。それがまさか今回の前兆だったとは思いませんでした。

釜石にご親戚がおられたんですか。無事で何よりでした。
全壊はいたしかたないですが、命が助かっただけでも良かったで
す。釜石もそうですけど、大槌町も壊滅状態でしたからね。
運が良かったとしか言いようがありません。
自分の地元も含めて三陸の沿岸は軒並み全滅ですから、これを
今後の教訓にして復興しなければいけませんね。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: まろゆーろさんへ☆彡

九死に一生を得たと言いたいところですが、自分のところは海岸
から3㎞程離れてましたから、津波に襲われることはありませんで
した。でも湾にそそぐ川のそばに住んでおり、その川まで津波が
押し寄せていました。あと1m高い津波だったら堤防が決壊し、
住宅地にまで押し寄せたんではないかといわれてます。

明治の三陸津波で壊滅的だったことを教訓に設置された10mの
防潮堤でしたが、今回はこれをも軽々と乗り越え、町の住宅は全
滅でした。100年に1度の大災害とはいえ、自然の力は想像を絶す
るものがありますね。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: たえさんへ☆彡

津波で家屋を流失したり、お身内を失ってしまわれた方から比べ
たら、自分はまだまだ運のいい方でした。
津波に襲われたところは全く跡形もない状態ですから、運良く生
存された方にとっては泣くに泣けないと思います。一緒に逃げる
途中、手を離したばかりに波にさらわれてしまったり、お年寄り
をおんぶして一緒に犠牲になったり、人それぞれです。
このショックは脳裏に焼き付いていつまでも離れないことでしょ
う。心のケアが大切ですね。
阪神淡路大震災を経験されたたえさんもその惨状は良くご存知だと
思います。自然は時には美しいけど、時には恐怖となりますね。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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No title

小太郎さんと心配してました。
本当にご無事でよかった。
もう良かったとしか言葉が出てきません。
一日も早く復興されることをお祈りしています。
  • |2011.03.25(Fri)
  • |さくら
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Re: スーパーサイドバッグさんへ☆彡

地震直後、停電のためテレビからの情報を得られず、まさかこん
な大惨事になってるとは思いませんでした。
2日後に電気が復旧しテレビを見た途端、驚きました。家がない、
一瞬にして町がなくなってしまった。この衝撃に呆然としていま
した。日を増すごとにその被害は膨らみ、犠牲者の数がどんどん
増えてきました。友人知人親戚の安否を確認するたびに一喜一憂
です。
小雪の降り積もる寒い夜は、避難所の皆さんを震いあがらせます。
インフルエンザ、ノロウィルスの発生、嘔吐、下痢など病気の蔓
延が気になります。まずは健康のもとで復旧を願うところです。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: itchann さんへ☆彡

ご心配いただきありがとうございました。
何しろ一瞬であり、慌ただしい中、ライフラインが閉ざされ、
被災地に巻き込まれてしまいました。電話の不通は外部との交流
を拒まれ、別世界での暮らしを余儀なくされます。情報発信もで
きません。情報収集もできません。
ネットも繋がらず、ブログの更新はおろかウェブサイトを見るこ
ともできません。今やネットは私たちの暮らしに根ざしているん
だと、あらためて思わざるを得ませんでした。
自分で収集できる情報をメモに残し、その惨状を情報発信できれ
ばと願うだけ。死に直面した方がメモを残す気持ちが分ります。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: ponsunさんへ☆彡

私たちの日常生活の中にライフラインの重要性を改めて知らされ
た惨事でした。
断水では近所の井戸水、停電でローソクの大切さ、携帯ラジオの
見直し、乾電池の買い置きなど、日常使うことの少ないこれらの
ものが、逆に生きていく上で欠かせないものだと感じましたね。
自分のところではプロパンガスでしたが、残量が少ない時だった
らこれもガス欠でお湯も沸かせなかったかもしれません。

被災地には食料や暖房の他に、ライフラインが欠かせないですよ
ね。

  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: こちくんさんへ☆彡

ご心配いただきありがとうございます。
海から離れていたのが幸いして、安普請の家も激震に耐え忍び、
津波の急襲からも免れました。そして家族も皆無事です。
押し寄せる津波って、砂浜で見るようなかわいらしい波じゃなく
て、海全体が盛り上がるような感じで迫ってくるんですね。
どす黒い海水は見てるだけで暗黒の不気味さを漂わせています。
我が物顔に周囲の家屋をなぎ倒し、生きものを飲みこみ、なすが
ままに暴れまくるという感じです。
昔、海岸で釣りをしていた時、突然波に襲われ、釣り道具をみん
な奪われたことがありました。その数百倍の威力です。
  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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Re: さくらさんへ☆彡

ご心配いただきありがとうございました。
犠牲になられた方々を前にして、最悪の事態を免れたと言っては
不謹慎になるかもしれませんが、無事に事無きを得ることができ
ました。
今回の大惨事は地震による被害よりも、大津波による被災が大き
かったようです。M9.0といえども倒壊した家屋は少なく、全半壊
した家屋は津波による流失がほとんです。
今でも余震が続いてますが、震度4位なら安心してしまいます(笑)。
小太郎さんからも置き手紙でご連絡いただきましたが、あらため
てお礼を申し述べてください。
  • |2011.03.25(Fri)
  • |matsuyama
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励ます事しかできませんが

初めまして。

愛媛県に在住の加地久仁子と言う者です。

この度の被災 本当に言葉では言い表せない程大変だったと思います。

心よりお見舞い申し上げます。

地震の日から各テレビ局では24時間体制で被災地の様子を報道しておりましたので 全体の様子は現地の方よりも把握する事ができていました。

しかし ただ見ているだけで何もできない自分にもどかしさや歯痒さを感じていたのは私だけではないはずです。

何かできる事がしたい そういう気持ちは時間とともに強くなるばかりです。

私は愛媛県の四国中央市というところでDOKOIKOというフリーペーパーの発行をする小さな広告代理店をしております。

情報を発信する私達にできる事をやろう という意見で 誌面で支援金を募る事にしました。

私はどうしても現地の方々に言葉を伝えたかったので メッセージと支援金をお預かりするという形にしました。

今 配分スタッフさんたちが 四国中央市3万件世帯に一軒一軒ポスティングしてくれています。

募金や支援金活動は四国中央市のみならず日本中で行われていますから 沢山は集まらないかもしれませんが 一人でも二人でもメッセージを預けてくれたら 必ず被災地に向けてお届けしますね!

私達は微力です。
結局は我が身に起こった事ではないので 現地の人の悲しみや大変さをわかるなんて事はきれいごとなのかもしれませんが それでも きれいごとでもなんでも 何かの力になれるなら 微力を出し合い力にしたいと思っています。

今こそ日本中が一つになり、手を繋ぎ、心を繋ぎ、希望を繋ぐ時だと思っています。

現地の方々にはまだまだ長く厳しい避難生活が続くかもしれませんが みんなが応援しています。

負けないで下さい。

がんばろう 日本

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Re: DOKOIKOさんへ☆彡

力強いメッセージありがとうございます。
全国からの暖かいお言葉は被災者の皆様にとって大きな励みに
なるかと思います。

阪神淡路や新潟地震のとき傍観者だった自分は何もできませんで
したが、今こうして震災の真っ只中にいると、皆さまの心温まる
事すべてが、例え小さなことでも嬉しく感じます。
皆さんの応援を背に受け、頑張ってまいります。

  • |2011.03.27(Sun)
  • |matsuyama
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  • |2011.03.27(Sun)
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おはようございます

〝トイレ使えます〟

〝ガソリンあります〟

の看板が何よりも嬉しいですよね


ご訪問、ありがとうございます
  • |2011.03.29(Tue)
  • |ponsun
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Re: ponsunさんへ☆彡

トイレの問題は切実ですからね。道行く人への気配りですよね。

ガソリン不足の問題も住民にとっては憂鬱です。
最近になって少しは緩和されてきたのでしょうか、先日は満タン
に給油できました。ただ1部のガソリンスタンドのみで、大半の
ガソリンスタンドは引き続き給油制限や、休業が目立ちます。
物流システムに問題があるようですが、いつになったら普通に
給油できるようになるんでしょうかね。

  • |2011.03.29(Tue)
  • |matsuyama
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よかった~

更新がないので本当に心配していました。
ご無事でよかったです。
安心しました。
まだまだ大変な状態でしょうがお体に気を付けて頑張って下さいね。

  • |2011.03.29(Tue)
  • |aioまま
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No title

matsuyamaさんのブログを読む事を楽しみにしていましたが、あの地震の日以来急に更新されなくなって、心配していました。御無事で何よりです。

3月の下旬にもなるのに寒い日が続き、被災地での生活は大変だと思いますが、地域の人々が力を合わせて東北地方が逞しく復興することを信じています。


  • |2011.03.29(Tue)
  • |しばやん
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Re: aioままさんへ☆彡

ご心配いただきありがとうございました。
今も余震が続く毎日ですが、津波の心配はなさそうです。
何しろ今回の大災害は地震よりも、大津波によるものですからね。
家屋の倒壊だけではなく、鉄道も道路もズタズタです。
海岸線はもう重傷で復旧までは半年位は掛かるんではないでしょ
うか。何より新幹線の再開は4月末頃といわれてますから、かなり
の痛手ですよね。
とにかく町の復興のために、地元皆さんは力を合わせ頑張ってお
ります。温かい眼で見守り続けてください。

  • |2011.03.30(Wed)
  • |matsuyama
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Re:  しばやんさんへ☆彡

ご心配いただきありがとうございました。
何しろ自然の災害は何の前触れもなくやってきますから、手に負
えないですよね。机の下に隠れるなんて余裕すらありませんでし
た。緊急時の人間って、周章狼狽してしまうもんですね。
ライフラインのない日を1晩だけですけど味わいましたが、いかに
電気水道の類が大切であるか、よくわかりましたよ。
まだ電気水道が復旧されてない被災地もあります。私のところは
恵まれた被災地(?)でもある方でしょう。
今は仮設住宅の申し込みも始まり、復興へのスタートを切りまし
た。

  • |2011.03.30(Wed)
  • |matsuyama
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御無事で良かった!!

本当に御無事で良かったです!
東京でも丸で体験したことのないような揺れに襲われ、しかし東北地方があの壊滅的な状態になっているとは・・。
予想をはるかに超える津波の高さ、自然の脅威をひしひしと感じます。
お知り合いの方も御無事で何よりでした、命あっての復興です。まずは助かった命=健康を大事にしてください。

あの敗戦から国土を復興させた日本です、絶対東北も見事復興の日を迎えます。
その日まで日本人が一丸になってゆきましょう。

くれぐれも御身大切にお過ごしくださいませ、余震にお気をつけて!!
  • |2011.04.02(Sat)
  • |見張り員
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Re:  見張り員さんへ☆彡

ご心配おかけしました。助かりました。家族全員無事です。
激しく長い揺れのあとは停電になり、一昼夜ローソク生活に
お世話になりました。その間の情報は全く得られず、大震災の
被害はこの間に作られていたんですね。
水道管が破裂して、水が噴出していたのは目撃して分っていたの
ですが、町の中心部は水浸しになってるという情報に半信半疑で
した。これは水道水ではなく、海水で水浸しだったんですね。

見張り員さんヘルニアの手術はいかがですか。手術は終了された
んでしょう。その後の経過はいかがですか。あまりご無理をせず
じっくりと養生してくださいね。


  • |2011.04.03(Sun)
  • |matsuyama
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