もう師走です お歳暮の季せつです

明日から12月ですね。早いものですね。12月といえば師走。誰もが年の瀬をひかえて何かと気忙しく慌ただしくなる時期で、どっしり構えて読経をする僧侶までも東西を馳せなければならない程の多忙な月なんだそうです。読経するだけで、この師走、僧侶はそんなに忙しいんですかね(笑)。
また、師走の語源としては「四季が果てる月」を意味する「四極(しはつ)」が変化したとする説もありますけどね。師走に四極、いずれも年の瀬を感じさせる言葉でもありますね。
御年賀 和服 プレゼント  - 写真素材

さてさて深々と冷え込む師走の夜。屋台のラーメン屋さんや焼き芋屋さんなどのチャルメラや呼び声が遠くまでよく届くようになりましたよね。昔の人は、こんな現象を夜声八町(一町は約109m)などと呼んでいたそうですよ。どうして冷え込むと、音が遠くまで響くのでしょうね。
それは穏やかに晴れた夜に、放射冷却現象が起きるからなんだそうです。遠くの電車の音や車の音がいつもより良く聞こえたら、翌日は晴れ、朝は冷え込むと思ってくださいね。

それはそうと師走ともなると夜声八町、一年を締めくくるのがお歳暮ですね。
♫暮れの元気なご挨拶 ○○サラダ油セット(フルッ)
この1年お世話になった方々へのお礼のお気持ち。お歳暮はもうお決まりですか。(詳しくは過去記事2009年12月1日「お歳暮はお世話になったご挨拶」を参照)
昔は新年に年神様へ供える物品として、嫁いだ娘や分家のものが本家に届けたのが始まりでした。当時はお盆と同様にお正月にも先祖の霊が帰ってくると考えられていたんですね。その後、親元へ持参していたお供えものが、次第に目上の人や日頃お世話になった人などへお正月用品として「お歳暮」を贈る習慣に変わったといわれています。ただし、職場でのお歳暮は虚礼廃止している企業もありますので会社の習慣に従ってくださいね。さらに公立機関お務めの職員等へは、ご贈答を十分ご注意ください。

昔はすす払いをして神様を迎える準備ができた12月13日からお歳暮を贈るとされていましたが、現代では本家に限らず、日頃の感謝の気持ちをこめて12月初め~25日頃までに届けるようです(関西では12月13日頃~25日頃)。
それ以降は新年7日までの松の内( 関西では~1月15日)に「お年賀」として、2月4日頃(立春)までは「寒中お見舞い」または「寒中お伺い」として贈るのが習わしのようですね。

贈る品物はビール中心のお中元と違って、下記に示したアンケート調査によるとビールや食肉加工品、お菓子などが多いようですが、もらって嬉しいのは商品券だそうです。ただし、目上の人に商品券を贈ったり、年配の方に肌着などを贈るのは失礼ととられる場合がありますので、十分ご注意くださいね。
もう11月にはデパートや百貨店の店頭にお歳暮コーナーが設けられ、激しい商戦が繰り広げられていますが、スーパーや専門店しかない田舎の場合、品数が限られます。そんな方はネット販売のお歳暮商品を利用してもいいかもしれませんね。
お歳暮に関する調査の詳細はここから→お歳暮に関する調査。お歳暮として欲しいものは「商品券」。[リサーチバンク調べ]

お歳暮はお祝い事ではありませんので、当方、先方のどちらが喪中であっても贈答に差し支えないとされていますが、気になる場合は時期をずらして「寒中見舞い」として贈る方が心遣いが伝わると思いますよ。また、一般的にお返しは礼状のみでもよく、感謝の表現や親交を深める意味なら贈られたお歳暮と同額位の品物をお返ししてもいいでしょうね。

最近服を着たり脱いだりする時、バチバチッと静電気が起きませんか。一瞬ビクッとしますよね。やばい、これで感電死してしまうのか、とまでは思いませんが、焦ります。やはり空気が乾燥してるんでしょうかね。皆さんも気をつけてお歳暮を贈ってくださいね。関係ないか(笑)。

この記事の内容は一般的事例であり、それぞれの地域のしきたりによって異なることもあります。疑問に思うことがありましたらその地域の慣習に従ってください。

参考サイト:All About、goo天気、日本文化いろは事典筆まめネット
写真提供:(c) わみこ写真素材 PIXTA


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喪中はがきは12月初旬までに

後1週間もすると12月。今年も押し迫ってきました。12月の声を聞くようになると年賀状の話題が出てきます。1年間のご無沙汰を1枚のはがきに託す。日本にはいい習慣がありますね。ところが今年不幸があった我が家では喪中です。年賀欠礼状組なんですよね(笑)。
年賀欠礼のもとともなったお葬式。そのお葬式マナーについての「大人度」をチェックしてみました。自信を持って臨んだのに、なんと2問も不正解(泣)。皆さんもチャレンジしてみてください。
数珠と白菊 - 写真素材

11月に入り、新聞折込みや店頭には「喪中はがき予約承ります」のポスターやチラシが目に付くようになりました。 もともと喪中はがきは「当方は現在喪に服しておりますので、新年のご挨拶をご遠慮させていただきます」という意味なんですね。作法上は12月13日の事始め以降に出すべきものなのですが、最近では、「相手様が年賀状を書かれないうちにお出し下さい」などといわれていますよね。

ではなぜ年賀欠礼状を出さなければならないんでしょうか。(過去記事2008年11月18日「年賀欠礼とくとく雑学」参照)
近親者が死亡したとき一定期間喪に服することを忌服(きふく)といいます。
「忌」とは、死者のけがれを忌むことで、死者を出した身内は一定期間、日常生活から遠ざかり、身を慎んでいました。この期間を特に「忌中」と呼び、遺族は喪服を着て家に閉じこもり、男はひげも剃らず、女は忌中髪を結って人と会うことなく、社会から遠ざかって過ごしたそうです。「服」とは、喪服のことで、身内に死者があったとき、けがれた体を喪服に包んで、一定期間、行動を慎み、身を清める意味があったんですね。「忌」と「服 」を含めて「喪」ともいい、その期間を「喪中」と呼んでいたんですね。現在では、慶事、祝事、祭典、祭礼への参加や、公的行事への出席などは控える期間とされています。翌年の正月行事はもちろん、年始回りもしません。喪中での結婚式も、当事者なら取り止めるべきですが、忌明け後であれば、双方に異存がなければ予定通り行なっても構わないでしょう。

忌服が制度化されたのは、西暦701年に、文武天皇の大宝律令の喪葬令が初めてで、その後、修正され江戸時代に受け継がれました。明治7年に、太政官布告で親等別に忌服の期間が定められたのです。一般的な忌服期間はこちらを参照。
現在では、一般的に「忌」の期間である「忌中」は、忌明けまでの期間。仏式では四十九日まで、神式では五十日祭まで、キリスト教式に忌明けはありませんが、一ヶ月の召天記念日までと考えられています。
そして、「服」の期間である「喪中」は一年間とされております。

その意味では年賀欠礼も死の穢れの一種であり、その範囲は実父母、配偶者の父母及び兄弟姉妹の2親等、もしくは故人と同居していた場合、喪中はがきは出しておいた方がいいでしょうね。この時、喪中メールは差し控えておきましょう。しかし、祖父母、配偶者の祖父母及び兄弟姉妹が亡くなった場合、故人と同居していなければ欠礼としないようです。また、配偶者側の喪であれば、仕事関係先へは例年通り年賀状を出すこともあるようです。

年末に入ってご親族にご不幸があった場合、年賀状は差し控え、ご不幸を知らずに年賀状を送られてきた方には、年が明けてから「寒中見舞い」として年賀状を頂いたことのお礼と共に、親族に不幸があったことを知らせたほうがいいでしょう。
ちなみに、先方様が喪中とは知らず年賀状を出してしまった場合、「存じ上げず失礼致しました。お寂しいことと拝察致しますが、どうぞ御身お大切に」などとお詫びの1通をお出しになれば、形だけでなく心と心の交流ができるんではないでしょうか。

まだ年賀状書かれてる方は少ないと思いますが、喪中はがき急いで出さないと。あ~、忙しい忙しい(アセ)。

この記事の内容は一般的事例であり、それぞれの地域のしきたりによって異なることもあります。疑問に思うことがありましたらその地域の慣習に従ってください。

参考サイト:冠婚葬祭ネットgood-stone
写真提供:(c) そよかぜ写真素材 PIXTA

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小雪に冬将軍はやってくる!

11月23日は勤労感謝の日ですね。昭和23年に国民の祝日に制定されるまでは、天皇が新しく収穫された新殻を食べる儀式、新嘗祭(にいなめさい)だったんですね。今は「勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう」ということで、一部の職業を除いて全国的にお休みです。この日ご出勤の方ご苦労様です。
明石市立天文科学館では、日ごろの勤労を感謝して、この日プラネタリウムで気持ちよく眠ってもらおうというイベントを開くそうです。名付けて「熟睡プラ寝たリウム」。今回は、星にまつわる静かなクラシック曲を流すなど、あえて眠りを誘う工夫を凝らしてるそうです。お近くの方はぜひ行ってみて、勤労の疲れを取ってみてはいかがですか(笑)。
浅草散歩・酉の市(一の酉) - 写真素材

早いもので、11月も後半に入りましたね。先日立冬を迎えたと思ってましたが、23日は二十四節気の小雪ですよ。西日本ではまだ紅葉を迎えてないのに、北日本では雪が降りはじめてます。間もなく冬将軍がやってくる季節ですね。コタツやストーブなど、暖房器具のお手入れをお忘れなく。

11月はもう一つの風物詩、酉の市がありますね。(詳しくは過去記事2008-10-30「お酉さんおもしろ雑学」参照)
今年は11月2日、14日、26日の三の酉まであります。もう既に二の酉までは終わってしまいましたが、残る三の酉は今度の土曜日ですね。特にご商売をなさってる方には縁起物ですから、ぜひお参りして見てはいかがですか。今では商売繁盛だけではなく、周年記念や合格祈願、恋愛祈願などでも訪れる方が増えてるそうです。
一の酉の2日、浅草・鷲(おおとり)神社にお参りに行かれた方は、想像以上の凄い人出でびっくりしていたようですね。前へ思うように進めず、時間がかかりましたが置き物タイプのミニ熊手を手に入れたそうです。

ところで酉の市、お酉さんとも言いますけど、神社で開催するのかと思っていたら、お寺でもやってるんですね。ここ東京浅草には神社のお酉さん(鷲神社)とお寺のお酉さん(酉の寺 長國寺)が隣り合わせています。かといって仲違いしてるわけではなく、お互いうまく市を開いてるようです。以前から「神も仏も酉の市」と言われ、神様のお酉さまと、仏様のお酉さまの両方に御利益をお願いできるという仕組みなんですね。お寺では鈴を鳴らして合掌し、神社では鈴を鳴らしてかしわ手を打ってお参り。いかにも東京らしい福めぐりですね。

酉の市は二の酉までで、三の酉がある年は火事が多く、災いが起こるといわれてます。
由来は諸説ありますが、11月も押し詰まるころから多発する火事に対して、火の用心への心構えをあらたにさせたり、お酉さまへの参詣の帰り、隣接する新吉原に沈没してしまう男衆へのけん制であったといわれます。
「熊手見て女房かみつく戌の市」と古川柳に見られるように、参詣後、吉原に引っ掛かり翌日の戌の日に帰った旦那は、「今日は戌の市にでも行ったつもりかえ? おまえさん」と女房に噛みつかれたという話もあります。
お酉さん当日、吉原は通常は開けない大門以外の門も開放するなど、遊廓にとっても特別な日だったんですね。明暦3年の江戸の大火は焼死者10万人を越す大惨事でした。頻繁に火事に見舞われた江戸の人々にとって、火の用心の心構えは重要だったんですね。

江戸火消しのシンボル、纏い(まとい)に見立てた三の酉限定の火除け守り。酉の寺 長國寺から授与されるようです。お近くの方はぜひお参りして見てください。

◇二十四節気 小雪(しょうせつ)のメモ◇
第20番目の節気。11月23日および大雪(12月7日)の前日まで。
暦便覧: 冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也
小雪とは、冬とは言えまだ雪はさほど多くないが、冬将軍が到来すると言われる時期。西日本においては夏みかんを収穫する季節に入る。
◆小雪の七十二候は次の通り。
初候(第五十八候)11/23~11/27 虹蔵不見(にじ、かくれてみえず) 陽気もおちて虹もみえなくなる時季。
次候(第五十九候)11/28~12/2  朔風払葉(きたかぜ、このはをはらう) 朔風(さくふう、北から吹く風)が木の葉を払いのける時季。
末候(第六十候)  12/3~12/6   橘始黄(たちばな、はじめてきばむ) ようやく橘(たちばな)の葉が黄葉しはじめる時季。
京都二十四節気
京都には二十四節気のいろいろな表情を見せてくれます

参考サイト:Wikipedia日本文化いろは事典NPO PTPLレッツエンジョイ東京浅草酉の市ニュース
写真提供:(c) ヨッチャンストック写真 PIXTA


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