風薫る空に舞う鯉のぼり

苔むした岩肌からは清らかな水滴が滴り落ちる夏の山の「山滴り」、紅葉が鮮やかに彩る秋の山の「山装う」、深い雪に閉ざされ眠るような冬の山の「山眠る」、そして春の山を「山笑う」と四季折々の山を表現する俳句の季語。
暖かくなって、動植物が目覚める春の山。若葉や春の花が柔らかな日差しを浴び、あたかも微笑んでいるかのように感じてきます。
写真素材 PIXTA
鯉のぼり

震災で被災した東北も春に目覚め、ゴールデンウィークがもうすぐやってきます。
男の子がいる家に、はためく鯉のぼりが見られた風薫る5月。数匹の鯉のぼりを立てる家には鼻歌が出るほど活気づいていました。屋根の上を泳ぐ鯉のぼりをみて「一番上がお父さん、二番目がお母さん、その下のはぼくだよ」。子供の心には夢と希望が満ち溢れていました。
真鯉や緋鯉の上には、子供を5つの災いから守る五色の吹き流し。そして竿の上には魔よけの矢車。子供を思う親の想いが鯉のぼりに託されていたのです。

鯉のぼりの始まりは江戸時代で、町民文化の中から生まれた節句飾りの一つ。
鯉はきれいな水の中はもちろん、池や沼といった所でも生息する魚。このことから、鯉は生命力が強く縁起がいいとされてきました。中国では鯉が急流をさかのぼり竜門という滝を昇りきると天上で竜になる、という登竜門伝説。私たちは男の子の出生や成長を祝い、どんな困難にも負けずに立派に育ってほしいと、立身出世を願います。

しかし、爆撃の目標になるとタンスにしまったままの戦時中から、男女同権の風潮に合わないと敬遠された戦後。今では鯉のぼりを立てる家はあまり見かけなくなりました。僅かに町興しや観光用のために飾られる鯉のぼりだけ。なぜか心は寂しい5月の節句です。
子供が小さかった頃、団地住まいだった我が家ではベランダに小さな鯉のぼり。部屋には勇猛な武者兜を飾っていました。

桜の開花が遅い北国では、鯉のぼりと桜の時季が同じ頃になることもあります。
桜吹雪を浴びて泳ぐ天上の鯉。北国なればこそ見られる光景です。
♪甍(いらか)の波と雲の波
重なる波の中空(なかぞら)を
橘(たちばな)かおる朝風に
高く泳ぐや、鯉のぼり
(作曲 弘田龍太郎)
端午の節句を前に空に舞う鯉のぼりは、5月の風物詩ですね。

参考サイト:Wikipedia、Infoseek天気きょうの豆知識
写真提供:(c) モーリー写真素材 PIXTA

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大自然のキャンパスに緑を織りなす穀雨

花々に潤いを与える穀雨です
4月20日は二十四節気の穀雨(こくう)ですね。この時期に降る雨は「百穀春雨」ともいわれ、百穀を潤し発芽させるのだそうです。これが連続して降り続くと「菜種梅雨(なたねつゆ)」といわれ、菜の花に潤いを与える長雨となります。これを春霖(しゅんりん)ともいうそうです。穀物の生長にはなくてはならない恵みの雨でもあり、5月の新緑を美しくする雨でもあるのですね。
長雨となる一方で、この頃から天気も安定し、陽射しが強まってくるそうですよ。まだまだ北日本や北海道の朝晩は冬服やストーブは手放せないでしょうが、南の地方では暖かい日々が続いてきます。上着を脱ぎ捨て、軽やかな姿で、緑が色づく野山を元気に駆け巡りたくなりますね。
穀雨は晩春。夏を迎える前に八十八夜がやってきます。これからは過ごしやすい季節となりますね。
藤棚
藤は晩春と初夏の間(はざま)にその雄姿を見せてくれます

春の終焉を飾るのは藤の花です
今この時季、日本列島は桜の花に酔いしれております。満ち溢れた地方もあれば、これから咲き綻ぶ地方もあります。大震災の被災地も、これから美しい日本の花々を見せてくれるでしょう。
暖かな春雨が柔らかく降る穀雨のころ、植物は活気づき、様々な花を見ることができます。梅が終わって桜が咲き、桜が散り始めるとツツジが見頃を迎えます。その頃になると藤棚に藤の花が咲き誇るでしょう。
春の終焉と初夏の間、藤の花はつるを伸ばし、棚仕立てに紫色の小さな花をたくさんつけて花房を垂らします。花言葉はあなたを歓迎します。
かつて藤の名所として知られた大阪市福島区の野田から「ノダフジ」と呼ばれるようになったそうです。歌にも数多く詠まれ、足利将軍を始め豊臣秀吉も訪れてその美しさを褒め称えたということです。昔から盆栽や和風の鉢花として利用されてきた藤の花は「吉野の桜、野田の藤、高尾の紅葉」とうたわれたそうです。
つる性であちこちの高いところから垂れ下がる花は風雅さがありますが、人によっては「成り下がる」として縁起を担ぐ人もいるようです。

盛岡へ行く途中の区界峠。道の駅のすぐ脇にその雄姿を毎年見せてくれます。緑が鮮やかになる夏前、春の終わりを華やかに飾ってくれる藤の花は、運転で疲れた身体を癒してくれるようです。

◇二十四節気 穀雨(こくう)のメモ◇
第6番目の節気。4月20日および立夏(5月6日)の前日まで。
暦便覧:春雨降りて百穀を生化すればなり
穀雨とは、穀物の成長を助ける雨のこと。
特徴:田んぼや畑の準備が整い、それに合わせるように柔らかな春の雨が降る頃。この頃より変りやすい春の天気も安定し日差しも強まる。
穀雨の七十二候は次の通り
初候(第十六候)4/20~4/24 葭始生(よし はじめて しょうず)
葦が芽を吹き始める時季
次候(第十七候)4/25~4/29 霜止出苗(しも やんで なえ いず)
霜が終わり稲の苗が生長する時季
末候(第十八候)4/30~5/5  牡丹華(ぼたん はな さく)
牡丹の花が咲く時季
京都二十四節気
京都には二十四節気のいろいろな表情を見せてくれます

色の文字をクリックすると詳しく解説されています。
参考サイト:Wikipedia、こよみのページ、NPO PTPL、Infoseek天気きょうの豆知識

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ゆっくり復興に向かう東日本大震災

被災地にも桜の便りが届いてくるようになりましたね。もうすぐ閉ざされた冬からコートを脱ぎすてる春がやってきます。しかし被災地にとって春は季節ばかりです。心には雪が覆いかぶさるような日々が続いています。

原発事故のレベル7は被災地にとってダブルショック
そんな雪山を彷徨う被災者を打ちのめすかのように、東電福島第1原発の事故は、広い範囲で人の健康や環境に影響を及ぼす大量の放射性物質が放出されているとして、最悪の「レベル7」に引き上げられました。
政府は経済産業省原子力安全・保安院から先月の段階で、レベル7に該当する可能性があるとの報告を受けていたというから、これはもう隠蔽じゃないですかね。国民を安心させるため、取った策かもしれませんが、国民感情をさかなでる結果となり、裏目に出てしまいましたね。この対応は福島市民を冒涜するばかりではなく、日本国民の信頼をも失ってしまいました。
ただ海外の識者からはレベル7といっても、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故には匹敵しないという指摘もあるようです。福島の住民が浴びている放射能は、日常生活に差し障りがあるような量ではないという見解に、心が救われますね。

風評被害が生活を脅かしております
しかし風評被害は深刻なもので、ある地方の宿泊施設では放射能を浴びた福島市民の宿泊を拒否したり、原発近くで発見された遺体が収容されず、放置されたままだそうです。福島県民にとっては住みにくい世の中になりましたね。不便な避難所暮らしを敬遠し、原発周辺の賃貸物件への入居希望が殺到しているようです。
がんばれ日本などと応援しておきながら、放射能の疑いのある野菜は敬遠され、被曝した住民を特別扱いする。自分に降りかかる災難はできるだけ回避したいという気持ちは分らなくもないですが、放射能についての基礎知識(All About地震・災害対策)をもっと理解しておいた方がいいのではないかな。あまりにも風評が一人歩きしているような気もします。
原発周辺に住む住民のほとんどは仕事場が原発なんです。その原発がなくなれば3分の2の人が職を失ってしまうそうで、まさに死活問題なんですね。
≪追記≫
日本に数ある原子力発電所。きしくも今回の大震災による事故で脚光を浴びてますが、原発って何?ってあらためて聞かれると、即答できないところが多いですよね。原子力発電所に20年間務められていたその道の専門家が、その疑問に応えてくれていますよ。ぜひ下記にアクセスしてみてください。あなたの胸につかえた疑問が取り除かれますよ。

原発がどんなものか知ってほしい(平井憲夫)

被災地は治安が野放しです
地割れした浄土ヶ浜 浄土ヶ浜
大震災の影響で地割れを起こした風光明媚な陸中海岸・浄土ヶ浜(右は震災前)

被災地にとって困るのは風評被害だけでなく、治安の維持です。
被災して避難していた無人のお店から商品を盗んだり、女性をターゲットにした強姦などが多発しているようです。家屋を流失した友人からもいわれました。敷地内に隠しておいた大事なものが朝行ってみたら無くなっていたと。
日本にはこのような犯罪はないと、海外のメディアから高い評価を受けていたにもかかわらず、あるんですね、いるんですね。各自治体で自警団を結成し、夜警で巡回しているにもかかわらず、このような犯罪は後を絶ちません。日本の恥ですね。
また、被災地の自治体では震災による死者のうち、身元不明の遺体と引き取り手のない遺体が土葬されています。遺体の腐敗を防ぐのと火葬に要する重油の確保が困難なためのようです。大量の遺体を一時に弔うのも大変です。棺不足は補えてるのでしょうか。
震災で家屋を流され、家族を失った被災者は茫然自失となり、落胆の色は隠せません。全財産を流され1人になり、漁船も失い、仕事への意欲も削がれてしまった被災者。頑張れと言われても何を頑張るんだと、自暴自棄になっている被災者は大勢います。それでも被災者は生きています。いつまでも泣きごとを言ってません。自分の気持ちに甘えてはいけません。現実を避けてはいけません。前向きに考えるしかないのです。

被災地は復旧途上です
JR東日本では東北新幹線の全線開通を4月下旬ごろと発表。東北自動車道は全線で通行可能です。空の便も仙台空港、花巻空港などで旅客便が就航。津波でガレキが押し流され、湾の底を埋め尽していた港も一部の港湾で入出港できるようになりました。これで陸海空揃い踏み、物流も安定してきます。
そんな中、岩手県の宮古港では震災後初めて漁船11隻による水揚げがありました。各漁港に所属する9割の漁船は津波で廃船。この日は震災当日漁に出て被害を免れた漁船によるものでした。水揚げされたスケトウダラやカレイ、タコ、アイナメなど約50トンは、津波で被害のあった魚市場で競りにかけられたようですが、沿岸の加工工場が被害を受け需要が少なかったため、価格はいつもの半額程度でした。
宮古魚市場 漁船
震災後の初競りは復旧途中の魚市場で行われた(右は水揚げした漁船)

被災した企業の一つ、岩手県大船渡市にある三陸の銘菓「かもめの玉子」でお馴染みの「さいとう製菓」。津波で本社ビルに被害を受けましたが、なんとか再建。早ければ4月下旬から再び製造されます。三陸のお土産復活ですね。また、避難所の被災者にゆっくり風呂につかってもらおうと、岩泉町のホテルが大浴場を無料開放するなど、被災者への手が差し伸べられています。 コンビニのローソンでは商品の購入が困難な地域に移動販売車を導入。弁当・おにぎり・サンドイッチなどの販売で、被災地を支援する動きが活発になってきました。

過去の大震災も教訓に新しい町づくり
復興復旧が急がれる岩手県では復興委員会を設置し、被災者の幸福追求権の保障、犠牲者の故郷への思いを継承することを原則に、まちづくりなどの復興策を検討しているそうです。新しい町づくりでは、高台への移転を望むなら、新たな宅地を造ってもいいのではないかといった意見もでているようです。理想は高い場所に住み、仕事のときに海に近づくということでしょうけどね。
喉元過ぎれば熱さも忘れるといいますから、50年後、100年後には、今回の大震災のことを忘れてしまっているかもしれません。現実に今回の東日本大震災では、明治三陸大津波や昭和三陸津波の時の教訓が生かされませんでしたからね。

その時の被災記録をしばやんさんがご自身のブログ「しばやんの日々」で克明にお調べになっております。

「震度3で2万人以上の犠牲者が出た明治三陸大津波」はこちらから
「昭和三陸津波」の記録を読む」はこちらから

被災地の方は勿論、被災されなかった方でも1度ご覧になって、今回と比較していただくと、震災への心構えが違ってくるでしょう。
原発などまだまだ問題は山積しておりますが、被災地は復興へ向けて一歩一歩緩やかに前進しております。永い目で被災地を応援してください。

色の文字をクリックすると詳しく解説されています。

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