母は気丈で愚痴もこぼさなかった

葬儀を終え、ホッとすると息の中に、喪主の苦労を痛感していた


焼香を終えた葬儀告別式は、会葬者に対し、喪主からのお礼の挨拶がはじまった。

「病床の兄になりかわりまして、弟であります私が一言ご挨拶申し上げます。
本日はご多忙のところ、亡母の葬儀告別式にご参列いただきまして、誠にありがとうございます。
母は、去る6月20日午前4時35分、腎不全のため入院中の病院において、享年92歳の人生を閉じることとなりました。母は気丈で、病による苦痛も口にせず、愚痴ひとつこぽさず、いつも笑顔で私たちに接してくれました。母が存命中、皆様方にご厚情を賜りまして、故人に代わり厚くお礼申し上げます。今後は祖先の御霊とともに私たち家族を見守ってくれることと思います。 本日は誠にありがとうございました」 

お礼の挨拶をまとめるうえでのポイントは、
・さしつかえのない範囲で、死因について述べる。
・生前の厚情に対する謝意とともに今後の決意などを伝える。
・死因が事故死の時には、事故の様子や原因、相手方への怒り、
 非難などは最低限に抑える。
・また、自殺の原因が金銭、異性とのもつれなどの場合、詳しくは述べない。
 生前の厚情に対する謝辞は控え、これからの支援や助言をお願いするにとどめる。
といったことを、「心のこもった葬儀・法要のあいさつ・手紙・マナー」
(池田書店)でアドバイスしている。


シーンと静まり返る式場に、前日までかかって作り上げられた原稿を読み上げた御礼の挨拶は、親族ををはじめ、会葬者の心に鳴り響いた。 梅雨とはいえ、まだ肌寒い本堂において母の葬儀は、滞りなく終えることができた。

長老の苦言、兄弟同士の痴話喧嘩、裏方料理人のいざこざなどあったが、 なにはともあれ葬儀の山場を終えたという、安心感からホッとと息が漏れてしまった。
皆さんの協力があってのことと感謝しているしだいです。とは正直な気持ちで、喪主の大変さを痛感していた。

しかし、このあと初七日の法要、納骨といった故人を供養する慣わしが待ち受けていた。

 

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黄泉の世界で悟りを開く

導師のお導きで母は悟りの世界へ旅立った

曹洞宗の導師による読経は、亡母を剃髪し戒律を授け、
この世に縁を絶切り、そして如来光明の空の世界に引導する。
葬儀という一連の儀式の中で、母を速やかに悟りの世界に導いてくれる。

曹洞宗開祖の道元禅師による『正法眼蔵』の教えによると、
人は輪廻を繰り返すが、再び人として生まれることは難しく、
まして仏の教えに出会うことはまれなことである。
前世の功徳によって人間として生まれ、会うことが難しい
といわれる仏法に出会えたことは、輪廻におけるすぐれた生まれ方であり、 いたずらに人生を過ごすことがあってはならない。

この世は無常で頼りないから、どんな死に方をするかも知れない。
自分の命は自分ではどうにもならず、年月は素早く移り変わっていく。
若いときの力はすぐになくなり、済んでしまったことに再び合うことは
不可能である。無常の時が到れば、妻子も兄弟も、親族に到るまで
何ら助けにはならない。一人で黄泉の世界に行くのである。

と言ったことを説いている。
仏教の教えは我々凡人には難しいところがある。
いわゆる葬儀をおこなうことで、故人と残された遺族が心のよりどころを持つといったところだろうか。

遺族、親族の焼香が終わり、引き続いて会葬者の焼香が行われた。
粛々と祭壇に向かう足取りは皆重い。
葬儀呼び出しをした兄も、東京から駆けつけた二人の兄も、
緊張からか顔も強張っている。
親族側の真向かいに座った会葬者も、整然と静まり返っている。 


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香の匂いが昔日の感傷を誘う

何もいわなかった母の後姿が愛おしい

炬燵に座って何も言わず、ただじっと自分を見ていてくれた母の姿。
複雑な家庭環境の中で、3人の実の子供である息子たちが
成人し、社会人となってからは一緒に暮らしたことがない。
父はもうとっくに亡くなり、後妻だった母は先妻の息子夫婦と暮らしていた。
自分が子供の頃、母は5人の義兄妹にかなり気を使っていたことを覚えている。
本音が言える相手がいない暮らしは、いかに肩身が狭かっただろう。
例え実子の自分が一緒に暮らしたとしても、
母は先妻の子供たちへの気遣いで、気が休まることがなかったかもしれない。
それが皮肉にも、自分は意識のない療養中の子供のいなかった、
義長兄夫婦の養子となってしまった。
それが母にとっての望みだったのだろうか。

そして母は実子の息子思い以上に、
先妻の息子の孫まで分け隔てなく思いやりを持ってくれた。
実子の自分や孫には帰省のたび、
近所の孫や親戚の子供たちには盆と暮れの2回、
年金生活の僅かな収入の中から小遣いをあげていた。
近所の方々には家庭菜園で作った花などを
おすそ分けしていたという話も聞く。そんなところが皆から愛されていたのだろう。
人間というのは年を重ねるごとに鷹揚になり、優しくなれるものなのか。  
母の優しい人間性が、走馬灯のように頭をよぎっていく。

心残りは、息子として母に対する親孝行ができなかったことだ。
100歳まで生きて欲しかったと思いながらも、
母本人はここで終焉を迎えてよかった、と思っていただろうか。
これまでの人生に、悔いを残してしまったと思っていただろうか。
今は安らかに天国で眠ってほしい。

木漏れ日の差し込む薄ら寒い本堂に響き渡る導師の読経を聞きながら、
92年間生きてきた母の人生を、省みていた。
目に薄っすらと涙を浮かべた顔の辺りを、香の匂いがよぎっていく。
親族の焼香が始まった。

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