母さんの葬儀、あまり期待しないで

野辺送りの人選に周りはシーン

荼毘にふされ、自宅に戻った母は、安置された祭壇から会葬者の弔問を受けた。
「生前は楽しかったね。今はこんな姿になってしまったけど、残った家族をよろしくね」
とでも言っているように、線香をあげてくれた弔問者一人ひとりにお礼をいっているようだ。
入院中の長兄に成り代わって喪主代行の自分は、一人ひとりに生前のお礼を述べる。
「わざわざのお参りありがとうございます。母も喜んでいるでしょう」
正座もしたことのない畳の部屋では、足がしびれてしまう。お帰りになったのもつかの間、次の弔問客が引きをきらない。ホッとする暇もない。 

「ちょっとでもいい。足をくずさせてくれ~」
悲鳴をあげてしまいそうだ。
そんな仮通夜は夕方6時頃までつづいた。

残った兄弟親戚を交え、明日からのお逮夜の準備をしなければならない。
問題は明後日の葬儀・告別式だ。

地元のしきたりで、葬儀繰り出しという儀式がある。
この儀式は昔の野辺送りといわれているもので、この地方では親族が位牌、写真、遺骨、墓印、七本仏、枕飯、死華花など、隊列を組んで菩提寺まで繰り出すことから、このような呼称でいわれているのだろう。
都会の葬儀では簡素化され、遺族が位牌、写真だけをもち、霊柩車で火葬場まで行く。火葬後遺骨を加えて、初七日が行なわれている。 もっとも今はお寺ではなく、専門式場で行われているケースが増えているようだ。そのほうが遺族にしても菩提寺にとっても、合理的なのだろう。

さすがに今は田舎でも隊列は組まず、それぞれの係りがそれぞれの持ち物をもってバスに乗り込み、式場となる菩提寺まで行くそうだ。その係りを親戚、兄弟、孫の中から決めなければならない。誰をどの係りにするか、ものよっては血の濃い親戚、近い親戚をえらばなければならない。その人選に頭を痛める。

「台菓子は誰がいいですか? 台団子は?」
聞いても何の返事もない。
「う~ん」
うなる声ばかりが、シーンと静まり返った部屋に響き渡る。 
「こんなとき長老はどこにいるんだ。世話役はどうしたんだ」
そんな大事なことを、親戚関係も良くわからない喪主が人選することは困難だ。
決めあぐねていると、場外から罵声が飛び交う。

おいおい、大丈夫かな。母の葬儀は失敗が許されない。
喪主としての重責が、双肩にかかってくる。
粛々と進められていく葬儀にも、こんな裏事情が秘められているのだ。 
「母さん、こんな状態だからあんまり期待しないでよ」 
子供の頃から優柔不断な性格を承知している母は、はがゆく感じているかもしれない。

荼毘にふされた母は永遠の仏に

古ぼけた焼き場での荼毘は母がかわいそうだ

地元の慣習で火葬が先に行われた。
火葬場は民家から少し離れた、緑が鬱蒼と生い茂る小高い山の中腹にある。
古ぼけた小さな建物には、うさんくさい老人が火夫として務めていた。
公害問題が騒がれるなか、ガスバーナーで煙の出ない火葬が行われる近年の荼毘と違い、
ここではいまだに重油と薪を可燃材料として稼動している。

「それではこれより火葬をとりおこないます。喪主さんはこちらへどうぞ」
と案内された裏手の焚口には、薪と紙が用意されていた。
「これに火をつけて点火してください」
粗雑なつくりの釜に点火しながら、
「母さん成仏してくれよ。これまで育ててくれてありがとう」
次第に目頭が熱くなり、母の思い出が通りすぎてゆく。
これで母の姿はこの世から消え去り、あの世で生き返るのか。

約1時間の火葬の間、参列いただいた兄弟親戚は少し離れた休憩所で
思い思いに談笑している。お菓子や飲み物を食べながら、それぞれの近況を語り合っていた。
普段会えない親戚同士も、このときは交遊に興じている。
92歳で大往生した母の死を、だれも悲しんでいる様子はない。
むしろ92歳の死は悲しみではなく、お祝いだという慣わしなのだろうか。
なんで親の死を一緒に悲しんでくれないんだ、と葛藤する。

骨上げされた収骨容器を抱いてみると軽い。これが元気だった頃の母の姿なのだろうか。
「軽くなってしまったね。家まで連れて行くからね。そこでゆっくり休むんだよ」
小さい頃母に手を連れられて田舎の畦道を歩いたあの頃と同じように、
母を胸に抱いて、終焉(つい)の住家まで連れて行った。

母の死を悲しんではいられない

地方によって慣習が違っていた

振り返れば1昨年6月、母は92歳の生涯を閉じた。
入院先の病院でその命に終止符を打ったのだった。


息を引き取る前日、母を見守っていた親戚から訃報の連絡があった。
急ぎ翌朝車を飛ばして帰郷したが、母はすでに帰家し、自室に安置されていた。
年輪の深い表情からは言いようもない大往生の寝姿であった。


線香をあげ、最後の供養した私の周りでは、地元の親戚が集まり、喪主を務めることになっている自分をまじえ、これからの葬儀の段取りを協議しようと待ち構えているようだった。
聞けばもうすでに葬儀屋さん、お寺のご住職の手配はすんでいるようだ。親戚縁者への通知も二人一組になり、1軒1軒案内状を持参している。火葬場の日取りも決まり、通夜・告別式ももうすでに決まっている。


葬儀の段取りといっても、関東と東北ではしきたりが違う。関東では通夜、告別式が先に行われるが、田舎では火葬が先行する。いわゆる骨葬として、送る慣わしなのだ。
田舎の慣習をよくわかっていない自分が、葬儀を仕切るといってもそれはなかなかできない相談だ。むしろ地元の長老が仕切り、段取りを組んでほしい位だ。


東京の葬儀には精通しているとはいえ、慣習の違いまではわからない。東京の慣習に照らして指示すれば、長老はじめ親戚からの反対は必至だ。特に長老の経験を無視するわけにはいかない。すでにお布施の金額も住職とのあいだで話し合い、決めてしまっている。
日取りの決定はいいが、お布施の額まで喪主に相談もなく、決められては困ってしまう。負担するのは喪家なのだから。
葬儀の進行を考えるにあたって、こんなところが難しい。頭を痛める。


しかし、葬儀は待ってくれない。不満ばかり言っていても予定の日取りは迫ってくる。母の死を悲しんでばかりもいれない。
ことはもっと深刻な問題につきあたってきたのだった。

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