日本の四季 立夏

立夏バナー






環状交差点県内初の試み 戸惑いと事故防止!!
円形交差点
信号機のない直径約30メートルの環状交差点(ラウンドアバウト)がこの3月に完成。
信号機がなく、通行車両は一時停止してから一方通行(時計回り)のロータリーに入り、目的地方向に抜ける方式です。県内初の方式だそうですが、ラウンドアバウトに慣れてないドライバーはどのように走行したらいいのか戸惑っていたようです。
まだそれほど多くもなさそうな交通量で、果たしてラウンドアバウト方式が適切なのかどうか分かりません。が、市では住宅や商店、公益施設などが整備配置され交通が集中してくると、出会い頭事故の防止や災害による停電時などで、環状交差点の機能を発揮できることを期待しているようです。
交差点のすぐそばには小学校があり、毎日登下校で渡ることになるでしょうが、信号機のない交差点が果たして子供たちにとって有意義に横断できるのでしょうか。
(平成29年5月1日:記)



二十四節気立夏バナー
二十四節気全体の概要はこちらからご覧いただけます。



第7節 立夏 りっか       5月5日~20日

青葉繁れる季節は5月を迎え、二十四節気では5日から20日まで「立夏(りっか)」となります。
気象的には6月からが「夏」ですが、暦の上では一足早く夏を迎え、立秋の前日までを「夏」としています。梅雨を過ぎなければ本格的な夏とはいきませんが、野山には新緑が目立ち、街中を吹く風には夏の気配が感じられてきます。春の長雨も過ぎ去り気候は安定し、過ごしやすい陽気の日が続きます。

青葉、若葉が太陽の光にキラキラと輝く季節。この時季は夏日といえる気温の高い日もありますが、湿度があまり高くなく、爽やかな風が頬をなでる「若夏」という言葉がいかにもふさわしく感じられます。
八十八夜も過ぎた近年では農家も繁忙期を迎え、田植えの終った田んぼのあちこちから蛙の声が聞こえ始めます。蛙の合唱につられてミミズも顔を出し、竹やぶでは気がつくと筍がたちまち背たけを伸ばしています。
先日近くのつつじ園に行ってみました。ツツジの蕾に混じって筍が生えてました。1本だけ大きく50㎝位まで伸びてます。観賞用にはいいかもしれませんが、食用にはちょっと伸びすぎですよね。

風薫る五月。布団から目覚めた清々しい朝。窓を開けると元気いっぱいな空気が辺り一面みなぎっています。一年の中でもこの時季が一番過ごしやすい季節ですね。



※次の二十四節気は5月21日の「小満」です。5月15日頃更新予定です。



七十二候バナー
七十二候全体の概要はこちらからご覧いただけます。


第十九候 鼃始鳴 かわずはじめてなく        5月5日~9日頃

冬眠から目覚めていた蛙の鳴き声が聞こえ始める頃です。繁殖期、雄は雌を呼ぶために最も大きく鳴くといわれます。水田が多い地方では夏の夜にたくさんの蛙が一斉に鳴きだすなど、季節の風物詩となっています。
「痩せ蛙負けるな一茶これにあり」
長野の山寺に逗留していた小林一茶の句です。
裏庭の小さな池に、産卵のために集まってきたヒキガエルの雌の奪い合いから起こった凄絶な蛙合戦を見たときの句だといわれていますが、その実は病弱の子ども千太郎の命乞いの句でもありました


第二十候 蚯蚓出 みみずいづる         5月10日~14日頃

この頃になるとみみずが活発に動き出し、地面にはい出る姿を見かけるようになります。
グロテスクな姿で下等な動物と思われがちであまり歓迎されませんが、土の中の有機物や微生物を食べ、糞を排泄しながら土中に酸素量を増やし、肥沃な土地にしてくれるなど、極めて大きな役割を果たしてくれる良き生き物でもあります。
目がなく、手足もなく、紐状の動物であるみみずは、「目見えず」から「めめず」になったといわれています。


第二十一候 竹笋生 たけのこしょうず     5月15日~20日頃

竹の旬と書いて筍。旬は10日ほどの期間と言われております。頭が少し土から出たら堀ごろで、毎日掘っても掘っても、翌日行くと次の筍が生えてきているなど成長が著しい筍です。
現在、日本で食用とされている筍は、孟宗竹の若い茎が中心ですが、孟宗竹が日本に入ってきたのは、17~18世紀の江戸時代。七十二候がまとめられた頃は真竹が中心だったことから、「竹笋」は真竹だったという説もあります。


下の<続きを読む>をクリックすると、立夏前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。

テーマ:実用・役に立つ話
ジャンル:趣味・実用

陸中の青い海に白い帆を張る海王丸

160731海王丸①

先日7月22日午前10時、海の貴婦人と呼ばれる練習船の帆船「海王丸」が宮古港に25年振り、2度目の寄港をしました。
1989年(平成元年)に就航した現在の海王丸はII世で、2,556トン、全長110.09 mあります。最速の帆船に贈られる「ボストン・ティーポットトロフィー」を4回受賞しており、1995年には124時間で1394マイルを帆走する記録を打ち立てています。
海王丸誕生より5年程前、建造された帆船「日本丸」は姉妹船です。

地元水産高校の宮水太鼓と地元保育所の子どもたちの歓迎を受けた帆船海王丸には実習生約170名が乗船し、航海士や機関士を目指して日夜訓練しています。その中の1人に地元出身の実習生も乗り込んでおりました。

宮古港に停泊していた4日間のうちの2日目、実習生によるセイルドリル(帆を張る訓練)が行われました。
帆船が寄港しても湾内に入ると帆を下ろし、エンジンで航行するため、これまであの美しい帆船の姿を見ることができませんでした。
帆を張る工程を見ることができるとあって、この日は楽しみです。埠頭にも大勢のファンが詰めかけ、かたづを飲んで見守っていました。

プロの解説が埠頭のスピーカーから流れる中、午後1時実習生によるセイルドリルが始まりました。その時、聞いた専門用語はうろ覚えですので、違ってるかもしれません。ご容赦を。

160731海王丸② 160731海王丸③
まずは船首に三角形の縦帆が張られます。次にメインマストをはじめとする3本のマストには等間隔に調整されたヤード(横けた)の1番下を残し、順次上に横帆が張られていきます。36枚の帆のひとつひとつに名前があり、それを操る300ものギア(ロープ)を順番どおりに引いていきます。

160731海王丸④ 160731海王丸⑤
ヤードはその日の風向き、進行方向によって角度が変えられます。この日は丁度いい撮影ポジションでした。帆の大きさは畳100帖、重さは4トンほどあるそうです。
これを実習生全員がお互いに「ワッショイ、ワッショイ」と声を掛け合いながらロープを引き、少しずつ帆を張っていきます。

160731海王丸⑥
そして1番下の帆が最後に張られると海の貴婦人の完成です。この間約1時間半、颯爽たる海王丸が現れました。
どうですか。冒頭の海王丸とは違いますね。これぞ海の貴婦人「海王丸」です。
展帆すると風の動きで船が動きますので、海上からタグボートが帆船を岸壁に押さえつけておりました。

160731海王丸⑦ 160731海王丸➇
セイルドリル終了後は約20分休憩後、帆おろし作業に入ります。その間実習生たちは自分たちで張った帆船をバックに記念撮影です。実習生のみんな見事でしたよ、夢を与えてくれてありがとう。
船首像の「紺青」は横笛を吹く女性を表しており、地元宮古の神社にあった樹齢300~500年といわれる欅の神木で作られているそうです。

160731海王丸⑨
夜は船体に明かりを灯すイルミネーション。夜景に海王丸がくっきりと浮かんでいました。

出港当日の最終日。実習生による登しょう礼が行われました。登しょう礼とは帆船が出港する際、見送りに対し感謝を表す最も重要な礼とされています。

160731海王丸⑩ 160731海王丸⑪
各班ごとにマストの縄梯子を登ります。登しょう礼の時は全員裸足で腰に安全ベルトをつけるそうです。

160731海王丸⑫ 160731海王丸⑬
全ヤードにそれぞれ実習生が立ちますが、船上から約40mある1番上のヤード。風で揺れると思いますから、足がすくむでしょうね。怖いですよね。

160731海王丸⑭ 160731海王丸⑮
船首に立つ先輩の号令に従ってヘルメットを取り、見送り者へのお礼の挨拶です。

160731海王丸⑯
タグボートに導かれて出港した帆船「海王丸」。
「海王丸のみなさん、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

豪華客船もいいですけど、帆船の美しさもいいですね。
深緑の山々に囲まれた港に浮かぶ白い帆船は、震災の被災者に未来への夢を育んでくれました。



商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。



下の<続きを読む>をクリックすると、二十四節気の大暑と七十二候の第三十四候から第三十六候まで、大暑前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご興味のある方はごゆっくりご覧ください。





テーマ:岩手県
ジャンル:地域情報

縄文の都!! 崎山貝塚

日本にはいたるところに貝塚跡地が見られます。代表的な貝塚には、1877年に発見された東京都大田区の大森貝塚ですが、この貝塚の発見を機に発掘研究熱が高まり、日本全国に広まりました。今では全国に2500程の縄文時代の貝塚が発掘されております。
最古の貝塚は千葉県の西之城貝塚と神奈川県の夏島貝塚で、紀元前7500年頃の土器が出土しているそうです。約1万年以上前~2300年前まで続いた縄文時代の貝塚は北日本の仙台湾や青森、北海道などからも骨角器などが発掘されています。いずれも海を介してつながる縄文人のダイナミックスさが窺えるようです。

160725崎山貝塚①

私の住む宮古にも「崎山貝塚」があり、大正13年(1924)初めて発掘調査が行われました。10数回の調査を経て平成8年7月16日に国の史跡として指定されました。
海抜120m、海岸から1.5kmの崎山貝塚では縄文時代の前期のはじめから後期の前半(約6000~3500年前)にかけて、およそ2500年間にもわたって暮らしていたものと推測されています。土偶や石器、土器、縫い針、釣り針やモリなども発見され、この地域では当時から漁が盛んだったことが窺いしれます。
私の遠い遠い先祖たちは海の近くに竪穴住居を作り、丸太を繰り抜いた舟で漁をしたり、山に狩りに出て生計を立てていたのでしょうね。

160725崎山貝塚②
先日7月16日にオープンした「崎山貝塚縄文の森ミュージアム」は遺跡を保護、保存するための公園として整備されたもので、今後の崎山貝塚の活用が期待されているようです。
同ミュージアムには遺跡の展示をはじめ、体験学習室や多目的研修室、ギャラリーなどで映像が見られるようになっておりました。

160725崎山貝塚④ 160725崎山貝塚⑤
160725崎山貝塚⑥ 160725崎山貝塚⑦
中庭には体験広場や中央広場があり、毎年開催されている「縄文まつり」で弓矢や斧、丸太舟などで、縄文時代の狩りを体験することもできます。

160725崎山貝塚③

「森・川・海と人が共生するやすらぎのまち」がテーマのわが町宮古。縄文時代の原点と共通するところがあるようです。



下の<続きを読む>をクリックすると、二十四節気の大暑と七十二候の第三十四候から第三十六候まで、大暑前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご興味のある方はごゆっくりご覧ください。






テーマ:岩手県
ジャンル:地域情報

日めくりカレンダー

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

カテゴリー

最近の記事

ブログ内検索

FC2カウンター

QRコード

QRコード

CREDIT

top