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ヒット曲「籠の鳥」の鳥取春陽

我が郷土宮古にも当時一世を風靡したさすらいの音楽家がいたんですね。
ご年配の方はご存知かもしれませんが、その方は大正から昭和にかけて作詞、作曲、演奏、歌唱と全ての面で才能を発揮した大衆音楽家の鳥取春陽(とっとりしゅんよう)です。彼は当時のミリオンセラーとも言われる「籠の鳥」(かごのとり)を持ち歌にし、さすらいの流しを演じていました。
春陽①レリーフ 春陽②ポスター


鳥取春陽(本名・貫一)は、明治33年(1900年)刈屋村(現在の宮古市刈屋)北山に父民五郎、母キクノの長男として生まれました。7歳のとき刈屋尋常小学校へ入学、片道約8キロを、1時間余りかけハーモニカを吹きながら通学しました。しかし、11歳のときに家業の製糸工場が倒産してしまいます。13歳で同高等小学校に進学しましたが、14歳のとき学業半ばで東京へ出奔しました。
大正11年には「籠の鳥」をレコード化して大ヒットとなり、大正13年には映画化(帝国キネマ制作)されました。大正15年には日本初のレコード会社専属(歌手・作曲)としてオリエントレコードと契約し、「船頭小唄」や「馬賊の唄」を吹き込み大変な人気を博しました。
春陽③


東京での1、2年はいろいろアルバイトをしながら、常宿にしていた木賃宿で演歌師たちと知り合い意気投合。明治演歌の巨星といわれた添田亜蝉坊(そえたあぜんぼう)との出合いが春陽の行く道を決定づけました。音楽的才能が世に見い出され、数々の作曲した中の「籠の鳥」が彼の声価を高めることになったようです。
春陽はやがて大阪へ居を移し、大阪のカフェで流行りだしていたジャズのリズムを演歌のメロディーにのせ「ストリートガール」などの新しい演歌を作っていました。このような春陽の試みが後の日本の「歌謡曲」へつながっていったのかもしれません。
昭和7年1月16日、結核を患い大阪市住吉区の借家で、春陽は31年の短い生涯を終えました。
鳥取春陽の生家は歌碑のある国道340号線から右折し、山道を約15分くらい車を走らせたところに現存していました。今は空家ですが、数年前までは管理人が住み管理していたせいか、思ったほど傷みはありませんでした。
春陽④生家


籠の鳥を懐かしく思われる方は下のYouTubeからご覧ください。歌い手さんも故森繁久彌さんが哀調の歌声を聴かせてくれます。



鳥取春陽の生家を観光希望の方は下記をご参考に尋ねてみてください。

岩手県宮古市刈屋第9地割


ただ今の二十四節気は「春分」です。気になる方はこちらをご覧ください。


わが家の彼岸情報
親しかった「故人」からのご返礼
洋菓子 先日埼玉県に住んでいた50年来の友人が亡くなり、葬儀に参列できなかったのでお供物をお届けしました。未亡人からはご返礼品のコーヒー洋菓子セットとお礼の電話がありました。
もう10年近く癌との闘病生活だったようで、お気持ちご拝察いたします。ご愁傷様でございました。
悲しいながら今後はこのようなケースが増えてきそうです。

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今年は厳しい寒の入りです

9日朝にかけては北海道から九州まで全国的に軒並み気温が0度を下回わる厳しい冷え込みになったようです。
我が町宮古市の区界高原では氷点下24.1℃とこの日全国20地点で観測史上最も低い気温になったんだそうです。区界高原は同じ市内でも自分の住んでる町から車で1時間半位かかる峠です。県庁所在地の盛岡に行くにもここを通らなければなりません。昨年暮れに県内最長(5キロ)トンネルが開通した「宮古盛岡横断道路」は高規格道路で、時間短縮と同時にいくらかこの苦境を逃れられますけどね。いつもなら積雪も半端じゃないです。自分は除雪した後からしか走らないようにしております😰
雪の道の駅区界高原
氷点下24.1℃を記録した道の駅「区界高原」。-20℃以下の世界は体験したことがありません。

北海道や北陸など日本海側は各地で大雪による積雪のため、路上では車のスリップ事故が相次いでいるようです。また東京方面でも12日には初雪が観測されたそうです。都心での積雪はないでしょうが、万が一積もった時は十分ご注意ください。翌朝凍結することもあります。特に、階段や坂道、歩道橋、横断歩道の白線の部分や、バスやタクシーの乗り場付近などは滑りやすくなっています。
雪国とは違って長靴は準備してない方が多いかもしれません。革靴は危険です。せめてスニーカーにでも履き替えたいものですね。歩く際には滑りにくい靴で歩幅を小さくして足の裏全体を路面につけてゆっくり歩き、両手を自由にしておくなど転倒事故防止にもなります。
それ程積雪量の多くないお前がいうか👴。すみません、何度か滑って転倒した経験がありますので、余計なお節介ながら言わせてもらいました。凍結した後に軽く積雪があると、雪の下の状況が分かりませんから滑っちゃうんですよ。
除雪車
除雪車を保有している方は自治体の入札制度によって、地元道路の除雪を請け負っているんですかね。

ここしばらく続いる冬型の天候により、電力需給の逼迫(ひっぱく)が続いているようです。電気事業連合会では10日、ホームページを通じて節電への協力を呼び掛けています。「寒波の中での暖房などの利用はこれまで通り継続しながら、その他電気機器の使用を控えるなど電気の効率的な使用にご協力をお願いしたい」と訴えているようですね。真夏は猛暑でクーラーを使い、冬は厳寒で暖房機器をフル回転。限られた資源を有効に活用できるかどうかですね。
何しろ今年は厳しい寒さが続いてます。それによって暖房需要が増加しております。続いた悪天候も太陽光発電などの発電量が低下する原因でもあるのでしょうかね⛄。

厳しい寒さの中で1つだけ明るい話題を。外気温が氷点下6℃以下になると室内の空気が冷えて、窓の内側に現れるといわれる「窓霜(まどしも)」。この日も窓霜の神秘的な美しさがみられました。自然の現象って計り知れないですね。寒さが生み出す芸術です😊。
氷紋


ただ今の二十四節気は「小寒」です。詳しくは1月5日付の「二十四節気・小寒」をご覧ください。次の二十四節気は1月20日の「大寒」です。前日頃までにご案内いたします。

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グロながら甘~い干し柿

この時季になると軒下やベランダに干し柿を吊るしているご家庭を見かけます。畑や庭には柿の実がたわわに実っています。許されるなら目の前で捥いで食べてみたいです。でも渋いのが分かっていると、誰も手を出しませんね。
ならば所有者の了解を得たうえでいただきましょう、ということで知人から蒸れ蒸れの柿の実を、手提げ袋に入れていただきました。
その数50個くらいになりましたかね。

まずは柿を干すために皮剥きの準備です。最初は包丁で1個1個剥いてましたが、大変なんです。途中ピーラーという便利な皮剥き器があると知って急遽取り入れました。これは簡単、便利です。でも手に付いた柿の渋はなかなか落ちません。乾いたら渋はカピカピになるし、濡れタオルを用意しながら剥いた方が良かったかもしれませんね。
干し柿③


次は柿を干します。貰った時は干し柿にするつもりはなかったので、へたが小さく紐を結ぶ余裕がありませんでした。物干し竿や洗濯ばさみで止めましたが、風の強い日は飛ばされて落ちたり、試行錯誤のうえ物干し竿に吊るした干し柿。10日間位天日に干しました。この頃になると乾いた柿の外側がしんなりしてきました。渋みを取り甘みを出すために柿を揉む必要があったんですね。知らずにこれを怠ってしまいました。
干し柿②


干してから約2週間、そろそろ干し柿の収穫時期でもあります。見た目グロテスクな柿ですが、実際食べてみると渋味はきちんと抜けて何とも言えない甘みが口の中に広がりました。とても味わい深い干し柿です。初体験とはいえ、我ながら満足満足👴。
干し柿①


ただ今の二十四節気は「小雪」です。詳しくは11月22日付の「二十四節気・小雪」をご覧ください。次の二十四節気は12月7日の「大雪」です。前日頃までにご案内いたします。



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北国岩手の四季と歳時記に取り組み、素朴な田舎生活を自由気ままに散策しております。

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