日本の四季 大寒

二十四節気「大寒」





新しい老後に挑戦してみます
金のなる木
2月3日は二十四節気大寒の最終日。翌2月4日は立春で、いわゆる二十四節気の新年にあたります。日1日と温かさが増し、全ての生き物が蘇ってきます。

思えばこのブログも2007年7月15日にスタートして以来、10年半が過ぎました。起ち上げた当時は記事を書くネタもなく、文才もなく、どこまで続けられるのだろうかという懸念が付きまとっていました。時には写真撮りで出かけたり、観光したり、その土地の郷土料理を賞味させてもらったりしましたが、なかなかその感想を記事に主張できませんでした。ルポ記事って思ったように書けないもんですね。皆さんの文才が羨ましかったりもしました。
表現力がない、文章力が弱い、言語能力が欠けているといった三拍子は昔からそうだったのですが、さらに老齢期に差し掛かり、健忘症が勢いを増してきました。更新するたびミスが目立ち、修正に時間がかかるようになりました。人気のないブログはミスだけではありません。アクセス数を見れば一目瞭然です。1年ほど前から更新期間を長くとり負担を軽減させるようにしてきましたが、それも叶わず更新が苦痛になっています。
二十四節気の最後である大寒のこの時季、皆様にご迷惑がかからないうちにこのブログを撤退し、新しい老後に挑戦しようかと考えております。咲く花が少ない極寒のこの時季、少なめの水や肥料でも育つ「金のなる木」のように、老いてひと花咲かせたいもの、と。どこかでお目にかかれれば幸甚に思います。
今年1年間はこれまでにまとめてきた二十四節気の記事を、予約投稿でこのブログに残しておくようにします。季節の特徴をお調べになる時には思い出していただき、どうぞアクセスしてください。ときにはこちらからお訪ねすることがあるかもしれません。

長い間何の取柄もないブログにお付き合いいただきましてありがとうございました。皆様の記事には苦しくて切ない中にも夢と希望があふれ、楽しく勢いを感じていました。コメントすることも叶わず、ただの傍観者になってしまいましたが、ぜひ長く楽しいブログ人生を歩んでくださいますよう最後の言葉とさせていただきます。
(平成30年1月31日:記載)



平成30年1月25日追加記事アップしました。
本人には気の毒ですが「ピリッ」と引き締まりました
裸詣り
今季の大寒波がやってきましたね。東京でも4年振りに23㎝の積雪が見られたようですが、ニュースを見る限りでは交通網が大混乱だったようで、大変でしたね。
北国の太平洋沿岸一帯も積雪はありましたが、東京の半分ほどでした。その点は助かりましたけど、朝から手作業の雪かきは辛いものがあります。除雪車という気の利いたものがあるわけではなく、10㎝程度とはいえ年寄りには重労働なんですよ。しかも氷点下9度で迎えた今日25日の朝は極寒のため湯沸し器が凍結。ヒェ~。

そんな冬将軍が猛威を奮う前日行われた「第41回復興祈願祭裸詣り」。消防団が中心で屯所から八幡神社までの約1㎞を2時間かけ、ゆっくりと練り歩きます。参加した23名は幟(のぼり)と団旗、纏(まとい)を先頭に、米や酒、餅、魚、野菜などを供えた三宝を携え、防火防災、商売繁盛、無病息災、五穀豊穣、交通安全と共に市内の復興を祈願していました。
全員ふんどしの上に注連縄を飾り、上半身はさらしを巻いています。額の中央には鉢巻をキリリと巻き、口には悪霊が入らないようにと半紙を咥え、足元は裸足に草鞋です。一歩一歩踏みしめるたびに手持ちの鈴を高く掲げて鳴らします。
肌は寒さのため赤く変色し、見るに忍び難いものがあります。時折同行している半纏を着た裏方の団員が乾いたタオルで肌を寒風摩擦してあげてました。
大寒に相応しく、そのキリリとした姿を見ているとピシッと気持ちが引き締まりますね。



どんど焼きの煙に乗って天上に召された歳神様
どんど焼き
皆さんお住いの地域ではお済になられたと思いますが、我が氏神神社でも先日1月16日にどんど焼きが行われました。
宮司さんの祝詞に合わせるように青竹3~4本が組まれた中で古札や正月飾りが焼かれ、勢いよく火の手が上がります。門松や注連飾りを焼くその煙に乗って歳神様が天上にお帰へり召されました。
どうやら正月期間中お忙しい歳神様でしたが、お炊き上げの「火煙車」でお帰りなのでしょう。また来年の正月まで天上でゆっくりとお過ごしになられるのでしょうか。お盆には迎え火、送り火によってご先祖様の送迎があるように、正月は門松によって歳神様をお迎えし、どんど焼きによってお見送りするということなんですかね。
どんど焼きの炎で焼いた餅を食べると、1年間無病息災に過ごせるそうです。この日はあずきも用意され、美味しい餅を食べながら歳神様をお見送りしました(笑)。

律儀な皆さんはもう正月休みもとっくに明け、年始のお仕事に精を出しておられるでしょう。余談ですが、正月の間お子さんと凧揚げ、羽根つき、こま回し、かるた等々の正月わらべ遊び、何か一つでもお子さんやお孫さんとご一緒に遊びましたか。
正月三が日に近くの公園に行ってみたら、親子で凧揚げしている姿を見かけました。伝統の日本の遊びを家族で楽しむっていいですよね。微笑ましいですよ。私も子供が小さい頃は公園で凧揚げしてましたよ。今は遠い昔の話ですけどね(笑)。
(平成30年1月19日:記載)


二十四節気
二十四節気全体の概要はこちらからご覧いただけます。


第二十四節気 大寒 だいかん            1月20日~2月3日

1月20日からは四季も一巡し、二十四節気最後の大寒となります。
冷え込みも激しく、寒さが最も厳しい頃です。究極の冬を迎え、豪雪地帯では連日の除雪に体力を消耗しているかもしれません。雪の少ない地方でも、今冬一番の寒気団が張りつき、極寒の冷え込みを記録しています。大寒は「寒の内」の真ん中で、最低気温が観測されるのもこの頃です。

万物を凍らせる厳しい寒さを迎える中で、武道などは寒稽古を行ない、凍り豆腐、寒天、酒、味噌など寒気を利用した食物が仕込まれるのもこの時期です。
寒稽古などの荒療治で大寒を克服することもありますが、先達から古来承継されてきた日本伝統の食文化で風邪を予防したり、滋養を強壮しながら大寒を乗り切る方法もあります。

最も寒さが厳しい大寒は空気中の雑菌が少なく、水質も良いとされています。このことから様々な食べ物を仕込むこの時期を大寒仕込みといい、家庭の食卓を潤す味噌はこの頃に仕込まれます。発酵食品である味噌は生きている酵素や菌を頂くことで、自然と体調を整えることができます。
またこの時季仕込まれるのが酒の寒仕込みです。水は酒にとっての命。大寒の頃の水が一番安定して雑菌が少ないことからこの時期に酒造りが始まります。
寒の時期に仕込んだお酒は3月頃、新酒の利き酒として蔵出しされます。水、米、麹、酵母などの組み合わせで出来上がるお酒の味は、酒造りの技術に熟達した杜氏たちにより十人十色。その組み合わせの一つ一つが全国の蔵元の味となります。



大寒は二十四節気の締めくくりであり、2月4日からは二十四節気の新年でもある立春が始まります。



七十二候
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第七十候 款冬華 ふきのはなさく          1月20日~1月24日

凍てついた地面に蕗の花が咲き始める頃。地面には雪が積もり、強い寒さが襲ってくる時期ですが、草花は春に向けて着実に動き出しています。
款冬とはフキのことです。蕗の薹(ふきのとう)は春の使者ともいわれ、氷を破るようにして生えてきます。その蕾は、土手の上や籔陰などに、萌黄浅緑色の花穂を土中からもたげます。冷たい地面から顔を出している蕗の薹は春の象徴であり、気持ちもふっと明るくなってきます。香りがつよく、口に入れるとほろ苦さが舌に走りますが、苦みを取り除いて煮物、炒め物、おひたしなどに珍重されています。冬眠から目覚めた熊は最初に蕗の薹を食べる、などとも言われています。
まだ大寒でありながら、春の兆しを示す蕗の薹をこの季節に持ってきているところに、七十二候のおもしろさと、自然のもつ生命力を感じます。


第七十一候 水沢腹堅 みずさわあつくかたし    1月25日~1月29日

沢に流れる水さえも凍る厳冬の時季です。この頃が大寒の真ん中で、寒さのピークに達します。夏登山した山でチョロチョロ流れていた沢の水が、この時季雫を長く伸ばし氷柱となって力強く成長してきます。
1年で最も冷えを感じる厳しい時季ですが、僅かながらも少しずつ日照時間が長くなり、春の足音がかすかに近づいているのが分かります。豪雪による生活への支障が出る地方は別にして、氷や雪の美しい景色を楽しめるのもこの頃です。
この時季に、一年での最低気温の記録がでることが多く、氷点下に達する地域も多くみられます。


第七十二候 鶏始乳 にわとりはじめてとやにつく   1月30日~2月3日

鶏が春の気を感じ、たまごを産み始める頃。自然な状態の鶏は、日照時間が長くなるにつれ、産卵率が上がっていくため、春から夏にかけてたくさん卵を産みます。
動植物は人間が感じ取れない季節の機微を感じます。夜明けを知らせる鶏は長い冬の終わりを告げるにふさわしいものでした。
今では養鶏家庭も減り、卵ご飯も朝の食卓にはなかなかお目にかかれません。
2月3日までは七十二候の締めくくりで、凍てつく寒さもこの日まで。4日の立春からは次第に寒さも和らぎ、季節は春へと向かいます。



下の<続きを読む>をクリックすると、大寒前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご関心のある方はごゆっくりご覧ください。

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日本の四季 小寒

二十四節気「小寒」





平成30年1月15日追加記事アップしました。
権現様の門打ちでお店の商売繁盛を祈ります
門打ち
前回に引き続き神楽の話題を一つ。先日1月6日には毎年恒例となっている市内商店街の店頭で権現舞を舞う門打ち(かどうち)が行なわれ、家の人の頭や肩を権現様(獅子頭)に噛ませる「身固め」などの儀礼が行なわれます。
米や塩、酒などを用意して神楽衆をお出迎えした店主や従業員はこの「身固め」によって、家内安全や商売繁盛を祈っていただきます。今年の北廻り巡業に舞い立つ前の門打ちで、商店にとっても大切な儀式です。
各地の集落を廻る中には商店街ばかりではなく、漁港も廻ります。行く先々ではいつもいい漁ができてるなどと神楽衆を心待ちにしているところもあるようです。
しかしこの日も寒風が吹きすさぶなか、店頭で舞うにはあまりにも環境が劣悪すぎますね。1軒の門打ち時間は数分とはいえ、1日数十軒の店舗を廻っていると手足が凍えてしまいそうです。写真を撮っている自分も悲鳴を上げそうで、早々に退散しました。
後で黒森神楽保存会のFacebookを拝見したのですが、舞い手さんも寒さを訴えてました。土日だけの巡業日程のようですが、各地元では神楽衆の巡りを心待ちにしているようです。3月までの巡業、気を入れて廻って欲しいですね。

三陸大津波を生き抜いた神楽の物語 映画「廻り神楽」が公開されています。
興味のある方は廻り神楽予告編をご覧ください。




平成30年1月10日追加記事アップしました。
陸中沿岸一帯を巡業する黒森神楽の舞い初め神事です
黒森神社舞立ち神事
古くから地元で信仰の対象とされてきた霊山でもある黒森山。標高330mの中腹にある黒森神社には建久元年(1190年)修験者によって創始されたといわれる山伏神楽があります。それが現存する黒森神楽であり、保存会では権現様と呼ばれる獅子頭を演じ、厄払いや家内安全など様々な願いを念じております。
年が明けた毎年1月3日には、黒森神社の神霊を権現様に移す舞立ち神事が行われた後、陸中沿岸を廻って家々の悪魔祓いの祈祷を行なう巡業が行なわれます。隔年で久慈方面への北廻りと、釜石方面への南廻りを交互に巡回。隔年で廻村する巡行は全国的にも類例はなく、国の重要無形文化財に指定されています。今年は北回りで正月明けには旅立ちが始まります。昔は歩いての巡回で終わるまでは数か月かかったようですが、今は車でひとっ走り。
夕方訪ねる集落の家々の玄関や庭先では権現様が宿入りするための「シットギ舞込み」が踊られます。「シットギ」とは、太刀や杵を持った舞手が臼のまわりで舞いながら米粉を搗いた生餅のことです。生餅は権現様に差し上げるオマブリ(お守り)であり、同時にシットギ舞い込み見物人の額や鼻筋にもつけてまわります。権現様のお守りとして家内安全や無病息災を願うものなので、決して嫌だと言って逃げたりしてはいけません。おばあちゃんなどは自ら額を差しだしております(笑)。
夜は宿となった民家で神楽を演じ、五穀豊穣、大漁成就など、祈祷の舞いで祝福をもたらせます。詳しくは平成28年1月5日の「寒の入り」の記事をご参照ください。



平成30年1月7日追加記事アップしました。
成人の晴れ着でたたく気分爽快山口太鼓
成人式
今日は平成30年宮古市の成人式でした。全国より1日早い晴れの式典です。
市内で成人を迎える若者は677人、うち式に出席された新成人は468人。約3割近くの200人超が欠席で、残念な成人式となりました。それぞれ仕事があったり、遠方に住んでいて帰省できなかったりで個々の都合があるでしょうから、仕方がありませんね。
自治体のおしきせとはいえ、昔の友人と旧交を温められる唯一の機会でもあります。都合をつけてでも参加したほうが人生の節目の思い出になると、成人式に出席しなかった先輩からひと言アドバイスです(笑)。
今政府では成人年齢を18歳に引き下げる民法改正案を検討しているようです。そうなると1月の「成人式」は、ますます参加者が減ってしまうと呉服業界からも心配の声が上がっているそうです。満18歳の学年を対象にした成人式となると1月の大学受験直前などで出席率がますます減るでしょうね。今でも東北では8月お盆の頃の成人式を実施しているところが多くありますが、日程変更も含め、根本的に成人式の概念を変える必要があるかもしれませんね。
とはいえ、今日の成人式での二十歳の誓いは地元漁業関係にお勤めの腹子脩斗さんと仙台の大学に進学している赤沼伶さんが代表し、復興途中の市内の街づくりに貢献したいと、故郷への思いを馳せた力強いメッセージが述べられました。
アトラクションでは地元山口太鼓の団体が祝いの太鼓で祝福。晴れ着の若者も飛び入り参加し、二十歳の思いをバチに込めていました。




おせちを食べて初詣
賀正・おせち料理
新年あけましておめでとうございます。2018年の新しい年を無事に迎えることができました。
同時におせち料理を食べることもできました。自然災害の被災や生活困窮など何らかの事情で正月を迎えることができなかった方々に比べたら、幸せな新年のスタートでした。
おせち料理は「めでたさを重ねる」という意味で縁起をかつぎ、重箱に詰めて出されます。さらに正月三が日は主婦を家事から解放するという意味を含め、保存の効く食材が中心のものになったといわれています。
わが家はまさに主婦の家事を休んでもらおうと、コンビニの「和洋中折衷おせち三段重」を取り寄せました。老夫婦二人だけの家庭には食べきれない程のボリュームです。とはいえ、海の幸、山の幸を盛り込んだ食材は、体重の増加を心配しながらも僅か2日間でほぼ私一人が食べ尽しました。
この三が日、栄養を蓄え、歳徳神に初詣。人間の都合のいい願掛けですけど、今年1年病気のない健康を祈願しました。皆様の健康も継続できるようお願いしましたが、どれだけお聞き届けいただけますかどうか……!!
(平成30年1月4日:記載)



二十四節気
二十四節気全体の概要はこちらからご覧いただけます。



第二十三節気 小寒 しょうかん                1月5日~19日

二十四節気の小寒を迎える1月5日。
寒さが極まるとはいえ、寒気が最大になる前の小寒、「寒の入り」です。この日から立春前日までの約1か月が最も寒い「寒の内」。1年で最も寒い時季です。
寒の入りから、一定の間の天候によって「寒試(かんだめ)」という天気占いをする地方もあります。
麦の厄日とされる小寒から4日目の「寒四郎」、9日目は「寒九」といいます。この日に雨が降ると「寒九の雨」といい、その年は豊作という諺もあります。この日の水を汲んでおいて薬を飲むと良いともいわれ、凍り豆腐、寒天、酒、味噌など寒気を利用した食物が仕込まれるのもこの時期。
この間に出す「寒中見舞い」。年賀状を出し損なったり、返信が遅れた方は年始のご挨拶をしてください。
強烈な寒さの中、武芸の寒稽古が始まるのもこの頃。寒中水泳や厳寒の海峡に飛び込んで豊漁、豊作を祈願する寒中みそぎ祭も各地で行われます。
冬来たりなば春遠からじ。「寒」が終わって立春になる「寒明け(かんあけ)」はもうすぐです。

1年の中で1番寒いこの時季。身体を冷やさないようにし風邪をひかないでください。後1か月位の辛抱です。



次の二十四節気は1月20日の「大寒」です。1月19日頃更新を予定しております。




七十二候
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第六十七候 芹乃栄 せりすなわちさかう        1月5日~1月9日  

空気が冷え、澄み切るようになり、芹(せり)がよく生育する時季。芹は春の七草のひとつで、冷たい水辺で育ちます。一箇所から競り合って生えていることから、芹(セリ)という名前になりました。寒さが最高になろうとしている中、自然の動きをしみじみ感じさせてくれます。
中国では「六日年越、七日正月」が一つの節目とされていました。
正月のお節料理やお雑煮を片付け、人日(じんじつ)の節句の1月7日朝には自然界から新たな生命力をもらい、無病息災で長生きができる七草粥を食べます。
古来からの風習であった若菜摘みと結びついた七草粥は正月の暴飲暴食で疲れた胃腸を癒してくれます。


第六十八候 水泉動 しみずあたたかをふくむ     1月10日~1月14日

地中では凍った泉の水が溶け、動きはじめる時季。
寒い時期ですが、春に向けて少しずつ動き出しています。
生命の躍動を感じさせ、何もない寒さが厳しい時季でも、土の下では春が用意されております。外を歩く人々の表情も厳しそうに見えますが、自然界は大きく、深く、ほんの小さな兆しを示しながら、春が来るのを待ちわびる時季でもあります。


第六十九候 雉始雊 きじはじめてなく         1月15日~1月19日

雉の雄が雌を求めて「ケーン、ケーン」と鳴き始める頃。
繁殖活動を始めるこの頃になると、春が近い証拠でもあります。この甲高い啼き声は都市部ではなかなか聞くことができません。山間の多い農村部で耳を澄ませば遠くから聞こえてきます。
鳴いていても、それが雉の鳴き声だと判別がつきません。野鳥の鳴き声を聞き分けられるようになると、少しだけ鳥に近づいたといわれます。



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日本の四季 冬至

二十四節気「冬至」





平成29年12月31日追加記事アップしました。
平成29年のラストランです
除夜の鐘
平成29年もいよいよ今日が最後。深夜に除夜の鐘が撞かれてラストランです。写真は昨年撮影した地元瑞源山善勝寺の除夜の鐘です。
今年はありがとうございました。皆様の貴重なお時間を割いてまで、このような奥行のないブログにご訪問いただき感謝しております。108つの除夜の鐘を撞いて下さることで、私の中に住み潜んでいた煩悩を弾き飛ばすことができたらどれだけ自分をランクアップできることかと感じ入っております。
人間生涯試行錯誤です。先輩友人など昔の仲間が大勢住む地で数年ぶりに旧知を温めたり、刻々と復興が進む被災地の状況を見守ることができたり、目まぐるしく進展する社会環境に取り残されながらも、私にとっては良き1年だったように思います。
皆様のブログの中で見られる深慮遠謀の思考を参考にさせていただきながら、来る年の1年を意味深い人生に努めていきたいと思っております。平成30年もどうぞよろしくお願いいたします。






平成29年12月26日追加記事アップしました。

紅組今年も勝利! 寒村が盛り上がった田代の紅白歌合戦
田代紅白歌合戦
12月24日、積雪が見られる寒村の田代から温かい歌や踊りに衣装のクリスマスプレゼント。
今年も開かれた「田代の紅白歌合戦2017」。今回第6回のテーマは「愛する人へ」。普段は山あいの土地を開墾し、畑や田んぼで細々と生計を立てている田代地区。愛する家族や近隣の知人と1年に1回地区を挙げての大イベントです。
会場となった亀岳小学校体育館は音響や照明が設置され、本格的な音楽ステージに変貌していました。手作りとはいえ、プロデューサーの構想がしっかりしているんでしょうね。出演者の選曲も「愛する人」のテーマに沿った心憎いほどの演出が施されています。運営に携わった会場設置の係員や校庭の駐車場整理員などのスタッフは勿論、会場内で出場者を声援するお客さんもスタッフの一員として協力いただいています。お客さんもスタッフも一体となってイベントを盛り上げているんでしょうか。
41組の歌い手さんは緊張気味か、途中歌詞を忘れカラオケだけが先走った組もいました。仕方がありません、演芸会の延長とはいえ、初出場の方は慣れないステージに上がってしまいます。それにしても芸達者な皆さん、プロの歌手と遜色がないトリを務めた全6回フル出場の峠の太郎(田代名)さん。最後はハンチング帽の決まった太郎さんを中心に出場者全員ステージに登壇。どっかのテレビ局みたいなフィナーレでした。
中間までは白組が有利で、トリの太郎さんの踏ん張りが赤を突き放したか~。しかし結果は逆転。紅組の大勝利に熱気ムンムンでした~(笑)。




冬の風物詩、サケのつかみ取りが宮古の河川敷で賑わう
鮭まつり
地元では冬の風物詩ともなっているサケのつかみ取り。去る17日、第46回を迎えた「鮭まつり」が地元宮古の河川敷で賑やかに行われました。
今年のサケ漁はどこも振るわない中、津軽石川の鮭まつりは半世紀近く続く恒例行事になっております。川を一部せき止め当日朝捕獲したサケが放流されました。参加申し込み所には朝早くから大勢の方々が殺到。200人の限定チケットはあっという間に完売されました。
大漁旗を合図につかみ取りの開始です。胴長合羽を来ているとは言え、川底は滑ります。素早く泳ぎ回る鮭を不安定な足元で、しかも軍手をした素手で捕まえるのは困難です。漁網が張り巡らされた周囲で水しぶきを上げ、逃げ惑う鮭。格闘の末、仕留めた参加者も上半身はびしょ濡れです。早朝降った雪は会場を真っ白に染め上げていました。風邪をひかなければいいのですが。
この日のつかみ取り参加費は1人1,000円、1尾までという限定です。家族4~5人で来て人数分だけ持ち帰る人もいました。
(平成29年12月20日:記載)




二十四節気
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第二十二節気 冬至 とうじ       12月22日~1月4日

12月22日からは二十四節気の第二十二番目「冬至」に変わります。
北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなる頃。翌日から日が長くなるということであり、冬至を太陽が生まれ変わる日ととらえられていました。

この日の冬至には運盛りといって「ん」のつく人参、大根、蓮根、うどん、銀杏、金柑などの他に、お馴染みの南瓜(かぼちゃ)といったものを食べる習慣があります。これらは縁起かつぎで食べるだけではなく、栄養をつけて寒い冬を乗り切るための先人の知恵でした。
さらに「柚子湯」に入る習慣もあります。柚子湯は血行促進や冷え性緩和、風邪予防、美肌効果などがあり、元気に冬を越すための特効薬でもあります。

古くから世界各地では冬至の祝祭が盛大に行われており、古代ローマではこの日の太陽を神様として崇め、復活祭として祝っておりました。その頃の冬至は12月25日だったため、キリストの誕生祭がこの日に生まれ変わったともいわれております。
中国や日本では、太陽の力が一番弱まり、冬至を境に再び力が甦ってくることから、陰が極まり再び陽にかえる日という意味の一陽来復(いちようらいふく)が使われております。

午後4時過ぎには日没となり、4時半には薄暗くなってしまいます。冬至を過ぎると日1日と日が長くなりますが、寒さはこれからが本格的。正月が明けると寒の入りとなり、暫く寒さとの戦いになります。
運盛りのかぼちゃでも食べ、柚子湯に浸かって、どなた様もくれぐれもお身体にはご自愛くださいませ。



次の二十四節気は1月5日の「小寒」です。1月4日頃更新を予定しております。




七十二候
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第六十四候 乃東生 なつかれくさしょうず     12月22日~12月25日 

草木いずれも枯れている中で乃東(だいとう・かこそう)のみが緑の芽を出し始める時季。
乃東とは夏枯草(かこそう)のことで、別名、漢方薬に使われる「靫草(うつぼくさ)」のことです。冬至の頃に芽を出し、夏至の頃に枯れることからこの名前が付けられました。
うつぼ草はイチゴと同じように出走枝によって茎を地面に這わせ、芽や根を延ばして繁殖していきます。夏場に黒ずんだ花穂は生薬として使われ、利尿、腫物、浮腫、腎臓炎、膀胱炎など消炎作用に効果があります。


第六十五候 麋角解 おおしかのつのおつる      12月26日~12月30日

大麋(たいひ・おおしか・となかい)のたぐいもその角を落とす時季。
大鹿が角を落とす頃。麋角(びかく)とは、「なれしか」の角をいい、一般的に大鹿のことで、トナカイの一種でもあります。トナカイはサンタクロースの橇(そり)を引く動物として親しまれておりますが、フィンランドの奥地では、あちらこちらにトナカイがたむろしているそうです。奈良公園の鹿のように馴れ馴れしくなく、人が近づくと逃げるそうです。昔人によって危害が加えられたのかもしれません。
奈良公園の鹿は、この時期に角を落とされます。鹿の角が生え変わる頃で、枝分かれした大きな角が抜け落ち、春にまた新しい角が生え始めます。毎年生え変わる角の状態で年齢が分かるそうです。目安ですが、角に枝分かれのない状態が1歳、枝分かれが1つだと2歳、2つだと3歳です。3つに枝分かれして大人になり、4つ以上は滅多にないようです。


第六十六候 雪下出麦 ゆきわたりてむぎのびる    12月31日~1月4日   

一面、雪に覆われていても、その下では麦が芽を出しはじめる時季。
麦は冬場の裏作として多く育てられていました。秋に芽を出し冬を越す越年草の麦は稲の終わった10月から11月頃にかけて田畑に撒かれ、すぐに緑の針のような芽を出します。寒風に吹かれながらじっと成長の時を待つ麦は、年を越えると随分成長し、麦踏みなどを経て春には立派な穂をつけます。
寒さの厳しい地方ではすっかり雪景色が当たり前のこの時季、寒さにも強くすくすくと育ち、6月頃には収穫することができます。麦は環境適応力が高く、世界中で食料にされています。



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