• 2016
  • 03/12
  • Sat

あの日の思いに手を合わせ

20160312黙祷②

2011年3月11日午後2時46分。東日本大震災。あの忌わしい悲劇の始まり。
あれから5年。未曾有の大惨事は今もって尾を引いております。
どす黒い恐怖の津波は小さな町を襲い、人々の命を奪い去りました。

20160312黙祷①
過去2度の苦難を乗り越え、復興した田老町。
高さ10m、全長およそ2.4㎞あった国内最大級の防潮堤を軽々乗り越えた津波は、町をひと飲みにしました。
恐怖の3.11は再び田老を奈落の果てに突き放したのです。
あの日水門を閉じに行ってそのまま不帰の人となった消防団員。無念の思いが募ります。
今もその傷跡が残る巨大防潮堤で、地元中学校の校歌に歌われる「防浪堤を仰ぎみよ試練の津波幾たびぞ乗りこえたてしわが郷土」と、卒業生は海の主に届けとばかりに声を高らかに合唱。
地震が発生した午後2時46分、地元のご遺族をはじめ参列者全員が手をつなぎ、何事もなかったような海に向って黙祷。181人の犠牲者の冥福を祈りました。

20160312夢灯り①
追悼イベントは夜も続きました。
日没後の閉伊川河川敷。4000本のキャンドルや灯篭にメッセージを託し火が灯りました。
  鎮魂の祈り夢灯り
  H23.3.11
  あれから5年…あなたを忘れない
地元寺院の住職により営まれた法要では、参列者があの日の思いに手を合わせました。
20160312夢灯り②



大惨事から指折り5年。田老町は様変わりしました。住宅街は近くの高台に移り、復興住宅が立ち並んできました。まだまだ復興途中ですが、元の中心部には野球場、道の駅などの建設が計画され、徐々に活気が戻ってきております。
20160312田老復興





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テーマ:岩手県
ジャンル:地域情報

  • 2015
  • 03/15
  • Sun

亡き人に未来を誓う「東日本大震災四周年追悼式」

あれから4年。
今年も東日本大震災追悼式が3月11日市民文化会館において行われました。遺族ら約600人が参列した「宮古市東日本大震災四周年追悼式」は、天皇皇后両陛下のご列席した政府主催の「追悼式」に合わせ挙行。震災が発生した午後2時46分には、参列者全員による黙祷がささげられました。
追悼式典では遺族を代表し、看護師を目指す大学3年生のお嬢さんがあいさつ。その日水門を閉めにいったまま今だに帰ってこない、消防団員だったお父さんに呼びかけるように訴えておりました。「人のために生きた父を誇りに思い、これからは人の役に立つよう生きて行きます」と強い決意で亡き父を追悼してくれました。

東日本大震災追悼式東日本大震災追悼式(献花)

追悼式に先立ち、地元宮古市では市内全域で大津波警報を想定した避難訓練が行なわれました。2012年から続けられているこの訓練は、震災の記憶を風化させず、津波防災の体制を市民一体となって確認するものです。
午前6時に防災無線によるサイレンを合図に開始された訓練は、近くの避難所まで避難。避難所となった中学校の体育館では市職員や自主防災組織が避難物資の確認や食料の炊き出し、簡易トイレの設置など、迅速に行われていました。

東日本大震災追悼式(鍬ケ崎復旧工事)東日本大震災追悼式(被災地)
震災前までは60,124人だった市の人口も、今年2月には56,708人に落ち込みました。震災による死者420人、関連死の53人、行方不明94人を含めて差し引いてもなお2,849人減少しています。減少した人口の中には市外や県外に避難あるいは就職しているものと考えられます。完全復興できた時、果たしてどれだけの方が戻ってこられるか不透明です。さらに人口問題研究所の推計では20年後には3万人台に割り込むと予測され、過疎化が叫ばれております。人口問題においても震災前と同じように復興できるのでしょうか。
※震災により流出した家屋は基盤を残して街並みを完全破壊しました。被害が甚大だった宮古港付近の鍬ケ崎地区は復旧工事が急ピッチで進められております(平成27年3月14日撮影)。殺気立つ緑の防護幕に囲まれた工事現場は関係者以外立ち入り禁止です。

仮設住宅①災害公営住宅①






今年1月現在、仮設住宅入居者は2,723人、公営住宅整備戸数は予定戸数793戸のうち、完成戸数は66戸。
市の行政から見た復興計画では、今年度に災害公営住宅が全て完工する予定です。防潮堤や復興道路の整備などハードの整備は順調に進んではいるものの、深刻化する資材の高騰、人材不足は否めない事実のようです。工事関係者の受け入れ態勢を整備し、公共事業だけでなく民間の自立再建をも支援しなければならないでしょう。
※不便を虐げられていた仮設住宅居住者も、災害公営住宅(写真右)の完成により、入居できるようになりました。場所によっては高台の山を削り、住宅を造成している地区もあります。これらの住宅もほぼ年内には居住できるようになります。しかし各地に点在する仮設住宅には、まだまだ住んでおられる多くの被災者もおります。

東日本大震災追悼式(三陸鉄道)東日本大震災追悼式(鉄橋崩落)
漁業の町の中心である宮古市魚市場は復興したものの、全般的に農林水産業は担い手不足のようで、加えて今年開港400年を迎える宮古港は今後の活用が重要視されます。
さらに被災により不通になっていたJR山田線もこの3月から復旧工事にかかり、来年の完成後は三陸鉄道に移管されます。これまで北リアス線と南リアス線に分断されていた三陸鉄道も、移管後には久慈から大船渡まで陸中沿岸を縦断し、乗り換えなしで行けるようになります。これによって観光客を誘致でき、観光振興につながるなど明るい話題もあります。
※鉄橋が崩落するなどの被害を受けたJR山田線は現在宮古・釜石間の不通が続いており、観光客誘致はもとより、地元住民の通勤、買い物などの交通手段に支障がでております。一部ではBRTによるバス高速輸送で代行している地域もありますが、JR東ではこの3月から復旧工事にかかり、完成予定の平成28年には第3セクターの三陸鉄道に移管されることになっております。完成後は交通アクセスが便利になり、通勤の足が確保されると共に観光客の誘致ができることになります。

読売新聞の世論調査によると人々の復興への関心が徐々に薄らいでいる現状が明らかになりました。現状から見ると復興期間の延長は当然と言わざるを得ませんが、そのために新たな負担には否定的な考えの方が多いようです。復興予算が適切に使われているかどうかに疑問を持っているのが根底にあるのかもしれません。
復興への関心が歳月の経過と共に弱まるのは当然ですが、ずっと復興のことばかりを考え続けるのも無理難題です。何かあるとき被災地を思い出していただき、気にかけてくれるだけでいいと思います。

皆さんが気になさっておられることは「被災者の暮らしぶり」、「復興予算の使い道」、「被災地の産業のこと」などではないかと思います。
復興が全体的に進んでいるかどうか、実際被災地に住んでいる者の見た目からしても、遅々としているように思えます。工事関係者からすれば、一歩一歩着実に完成に近づいているのかもしれませんが、毎日同じような光景を目の当たりにしている者にとっては、その進捗度合いが計り知れません。まして被災地から離れている方々にとっては、その情報が伝わらないのではないかと思います。

行政の復興計画に参画しているわけではない私の場合、事あれば市民への情報開示などで近況を掌握するようにはしていますが、1人では力及ばずです。被災地全体の動向はマスコミ報道により詳しく案内されるでしょうから、私の場合機会があれば地元の小さな新しい情報をお伝えしていきたいと思います。


長文に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
なお今回は歳時記および今日の独りごと、コメント欄はお休みさせていただきました。


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  • 2015
  • 03/01
  • Sun

答辞に思いを馳せる感動の卒業式

今日1日から弥生の3月です。
3月といえば卒業式のシーズン。どこの学校でも制服に身を包み希望と夢に溢れた思いを込めて、卒業式に臨んでいることでしょう。
しかし4年前はあまりにも大きな衝撃が走り、悲痛な卒業式を迎えなければならなかったあの忌まわしい東日本大震災
卒業式を前に襲った震災は未曾有の大惨事。一転避難所となった地元の小学校は避難者の住民で埋め尽くされたのです。制服も鞄も教科書も、何もかも流された子供たちは、避難者の皆さんに見守られ、私服での卒業式でした。そんな思いで臨んだ式ではありましたが、避難者の涙を誘い、子供たちも悲痛ながら元気な声で卒業式を過ごす事ができました。



震災10日後に卒業式を行った宮城県気仙沼市の公立中学校卒業生の答辞が、動画として見つかりました。
天から与えられた試練とはいえ、その辛さ悔しさには思い馳せるものがあったでしょう。
苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きて行くことがこれからの私たちの使命である、と結ぶその言葉には震災に負けず、希望に向かってあゆみ続ける彼らの力強い決心が垣間見られました。

何度も見返しましたが、涙が止まりませんでした。同じ被災者として悲惨な光景を目の当たりにしているばかりではありません。彼の涙は穢れのない美しい涙だからです。おそらく家を失い、友達を失い、親戚を失った失意の気持ちが、震災への思いとしてこのキラリと光る一条の涙に凝縮しているからでしょう。
多くの方はもうすでにご覧になっている動画かもしれませんが、4年経った今でも当時の思いが甦ってくるようでした。

あれから4年、徐々にではありますが、被災地は復興してきております。この11日には「東日本大震災四周年追悼式」の開催が予定されています。
今はどこの学校でも制服を着、袴を着て、未来への期待と夢を抱いて卒業式に臨んでいると思います。
震災直後にビートたけしさんは「マスコミでは死者と行方不明者の数だけ発表しているが、いつしかそんな風な目でしか考えられなくなってしまう。それは死者への冒涜だよ」。「そうじゃなく、1人の死んだ事件が2万件あったってこと。2万通りの死それぞれに身を引き裂かれる思いをしている人たちが悲しみに耐えているんだ」と話してました。
そうですね。今年も卒業される方、それぞれに悲しみは違います。学び舎を卒業する人たちは悲しみを背負ったり、仕事に就く方は未来への夢を求めたりします。過去の体験を糧にし、悲しみを胸に秘めつつ、伝統の卒業式に自分の夢を追い求めてほしいですね。


本日の「今日の独り言」は勝手ながらお休みさせていただきます。
なお、コメント欄は都合により閉じさせていただきました。

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