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万歳、万歳、万々歳

日本には万歳を三唱するシーンが多くありますね。忘新年会、祝賀会や試合、大会などの壮行会、祝勝会等々。中でも3月に入れば学校などの卒業式でも万歳が唱和されることもあります。ことあるごとに唱和される万歳は日本人にしっくりと溶け込んでいるようですよね。万歳三唱をよく思わない人はいないと思います。その場の雰囲気が盛り上がりますし、高揚感も引き締まってきますからね。

万歳
万歳三唱って日本の文化に何時ごろから組み込まれるようになったんでしょうね。で、調べてみると、なんと万歳三唱の日ってあったんですね。毎年2月11日の建国記念の日は万歳三唱記念日だそうです。いやはや日本人って何でもかんでも記念日に仕立てちゃいますけど、万歳三唱記念日があったとはね。
1889年の2月11日大日本帝国憲法発布の式典で、日本で初めて「バンザイ」と発音して行ったのを記念して制定したのだとか。この日、記念式典祭が行われる予定だった青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の乗った馬車に向かって、学生たちが万歳三唱を行ったのに由来しているそうです。

当初学生たちは観兵式に向かう明治天皇を最敬礼でお見送りする予定でした。それだけでは物足りなさを感じ、教師や学生たちの間から天皇を称える言葉として、中国語の万歳を「万歳、万歳、万々歳」と3回唱和し、さらに両手を挙げて高揚感を高めようと決めたそうなんです。

しかし当日、一声目の「万歳」の声の大きさに馬車の馬がびっくりして立ち止まったため、二声目は声が小さくなり、三声目は言うこともできなかったんだそうです。この出来事からお祝い事では「万歳」を三度繰り返すものとして、世間に広まったということです。

ちなみに「万歳三唱」で手を挙げる時は、万歳発声と共に手のひらを内側に向け、指を真っすぐ伸ばすのが正しい作法なんだそうです。手のひらが外側に向いていると、降参を意味することにもなりかねません。でも現代では大半の人が手のひらを前に向けているようですね(笑)。

嬉しくて気持ちが高ぶった時、万歳三唱すると何とも気持ちがいいもんですよね。(参照:気になる話題、おすすめ情報館)※上記写真は掲載承諾済です。


ただ今の二十四節気は「大寒」です。詳しくは1月19日付の「日本の季節・大寒」をご覧ください。次の二十四節気は2月4日の「立春」です。

テーマ:実用・役に立つ話
ジャンル:趣味・実用

忘却しても時は刻まれる!

1週間遅れてしまいましたが、6月10日は「時の記念日」でしたね。皆さんご存知でしたか。
叔父さんの頭の片隅には微塵もなく記憶されてませんでした。年は取りたくないものです(汗)。
時を刻むって何でもないことですけど、生活のリズムにとっては大切ですよね。ここ数年出勤の苦痛から逃れていますが、毎日決まった時間に起床し、ご飯を食べて出勤する皆様は大変ご苦労されていることと思います。電車やバスに揺られて出勤するにも時間がなかったら生活に支障が出てしまいますよね。時を忘れてしまうということは時が無くなってしまうようなものですけどね。それもまた寂しいもんですよ。
掛け時計


岩手県花巻市の宮沢賢治記念館には本人設計の日時計花壇があります。当初、花巻温泉遊園地に設置する予定だったのが、経済的、技術的条件などにより実現できなかったようです。平成元年、当時の設計書をもとに当記念館に再現されたんだそうです。
南斜花壇は、西城の唐草模様を取り入れ、蔓草の茎を園路に、果実を小円形花壇に見たて、非対称にデザインされています。日時計花壇は、文字盤の数字を花で描き日時計を主にした賢治童話の世界を思わせる異国風の模様花壇です。と説明されてますがよく分かりませんでしたね。
南斜花壇


1884年(明治17年)、イギリス・ロンドンのグリニッジ天文台を通る子午線を基準に世界の標準時が決められています。ご存知のように日本の標準時は明治21年1月1日午前0時0分に明石の地方時が日本の標準時として決められました。 

西暦671年に天智天皇が唐から伝えられたという漏刻(ろうこく、水時計)が建造され、その漏刻で「時の奏」(太鼓や鐘を打って時を知らせる)が行なわれました。時の記念日は、この日が現在の太陽暦に直すと6月10日だったといわれております。

漏刻の時代の時刻制度は、1昼夜を12等分していました。12振(しん)刻に区切った時刻には、十二支をあてはめて呼んでいたようです。例えば子(ね)の刻とは現在の午後11時から午前1時の2時間分を、午(うま)の刻とは午前11時から午後1時をいうそうです。草木も眠る丑三つ時っていうのもありますね。
電光時計


現在、私たちは1昼夜を24等分して1時間毎に区切った定時法という時刻を使っています。これとは別に夜明け・日暮を境にして昼と夜を区別し、季節により長さの違う昼と夜をそれぞれ6等分した不定時法という時刻を決める方法もあったようです。

奈良・平安時代は庶民の生活は別として、一部で定時法が使われていました。鎌倉・室町時代は不定時法で、江戸時代は定時法と不定時法が併用され、その中の不定時法 は明治5年頃に廃れたようです。
スマホ時計


そして1872年(明治5年)12月3日(太陽暦では明治6年1月1日にあたる)に国の暦が太陰太陽暦(旧暦)から太陽暦(新暦)に変わり、その一環として現在と同じ定時法の時刻制度が定められました。そのため季節感に1か月位のズレが生じることになったのです。

ある調査会社が「時」に関しての意識調査を行いました(2006年調査 以下の時間は平均値)。ちょっと興味があったので取り上げてみました。

Q1.未明とは何時から何時?// A1. 1時20分過ぎから4時過ぎ頃まで
Q2.早朝とは何時から何時?// A2. 4時半頃から6時半頃
Q3.昼下がりとは何時から何時?//A3. 13時少し前から14時半頃まで
Q4.真夜中とは何時から何時?//A4. 23時40分頃から2時20分頃まで
Q5.宵の口とは何時から何時?//A5. 19時過ぎから21時少し前
Q6.夜更かしとは何時以降?//A6. 0時を少し過ぎて以降
Q7.午前様とは何時以降 //A7. 1時過ぎ以降
Q8.朝帰りとは何時以降?//A8. 4時20分過ぎから7時20分頃
Q9.. 早出とは何時ごろ?//A9. 午前6時18分
Q10.朝イチとは何時ごろ?//A10. 7時54分
Q11.午後イチとは何時ごろ?//A11. 13時ちょっと前

以上参考になりますでしょうか。皆さんシビアに時間の観念をお持ちなんですね。
お父さん、4時前に帰宅したんだから朝帰りじゃないなんて言い張らないで、素直に朝帰りを認めましょうかね~(笑)。

一部、平成9年6月9日付の記事「6月10日は時の記念日」を引用しました。


ただ今の二十四節気は「芒種」です。詳しくは6月5日付の「日本の季節 芒種]をご覧ください。次の二十四節気は6月22日の「夏至」です。6月21日頃までにご案内いたします。


テーマ:岩手県
ジャンル:地域情報

雷は雷神菅原道真の怒り爆発か

入梅して梅雨も半ばに入ってきました。今年は空梅雨かと思われた前半ですが、ここに来て梅雨前線が活発化。雨の地域が九州から日本海に拡大し、各地に大雨の被害が出始めているようです。前線付近の方々は十分ご注意ください。
写真素材 PIXTA

これからが雷の季節です
さて雨にともなって被害が出るのが落雷ですね。主に雷は積乱雲から発生しますが、雲の摩擦によって溜まったエネルギーが放出されるのが稲妻で、この稲妻が地上に到達するのが落雷です。
日本神話では雷鳴を「神鳴り」ともいわれ、雷を神々のなせるわざと見なされていました。また、雷が起きると、落雷よけに「くわばら、くわばら」と呪文を唱える風習もあります。これは、菅原道真の土地の地名であった「桑原」にだけ雷が落ちなかったという話に由来しているようです。

6月26日は雷記念日、1月25日は左遷の日
菅原道真といえば学問の神様といわれ、太宰府天満宮に祀られておりますよね。実はこの菅原道真、雷の神様でもあったんですね。6月26日は雷の記念日だそうです。
菅原道真は学者でありかつ政治家であります。55歳で右大臣、そして延喜元年1月7日、藤原時平とともに従二位に叙せられました。しかし菅原道真の才能を妬む左大臣 藤原時平の策略により無実の罪を着せられ、九州、福岡の大宰府に左遷されたのです。それが1月25日で、この日を左遷の日というそうです。
東風吹かば 匂ひ送来せよ 梅の花  主無しとて 春を忘るな
道真が左遷され、都を離れるとき詠んだ句です。

道真の怒りを鎮める天満宮
その後道真は無実の罪を背負ったまま大宰府で無念の死を遂げました。京の都では天皇の子どもが次々と病死、都での会議中に清涼殿に落雷し、道真を陥れた大納言の藤原清貴が落雷で死亡するという多くの異変が起きたのです。
菅原道真は天才といわれておりました。天才とは本来「天下の鬼才」の略語だそうです。優れた人材であった道真には強い霊力もあったのでしょう。ことに今回の落雷による災害は「雷=神鳴り」であり、天の神が発てる音や光だと考えられるところから、道真の霊力による祟りだと考えるようになりました。このため朝廷は、火雷天神と呼ばれる道真の怒りを鎮めるために京都に北野天満宮を大宰府にも大宰府天満宮を建立し、祟りを鎮めようとしたんですね。

道真は雷と学問の神様
その後道真は雷の神様(雷神)として崇められました。雷神は雨を呼ぶ神様、豊作の神様でもあります。世の中が落ち着くと、道真の優れた学者が学問の神様として有名になり、入学試験や就職試験の成功を願う神様となったのです。
こうして元々は道真の祟りを鎮めるための天神様だったのが、今では学問の神様として、また豊作を約束してくれる神様として信仰され、全国に分社が出来ました。この神社は古くから童謡(とおりゃんせ)にも歌われるなど、多くの人に親しまれており、菅原道真の命日に当たる毎月25日には天神祭が行われております。

これからの夏場が雷のシーズン。これからの天神様はどの位ご活躍なさるんでしょうね。

色の文字をクリックすると詳しく解説されています。
参考サイト:Wikipedia、暦のページ、WANOA
写真提供:(c) monjiro写真素材 PIXTA

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