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日本の季節「立春」

2018二十四節気 立春
本記事は昨年の「立春」を編集し直した予約投稿です。ただ今ブログ活動は休止中です。
そのためタイムリーな記事もお休みしてます。折角お見えいただいても何のおかまいもできませんで、申し訳ありません。
足跡を残していただいた方には後日改めてご訪問させていただきます。








二十四節気




第一節気 立春 りっしゅん   2月4日~2月18日頃

2月4日は二十四節気の「立春(りっしゅん)」です。いよいよ待ち望んでいた春の到来です。立春は冬至と春分の間で、冬と春の分かれる節目の日とされる「節分」の翌日でもあります。

厳しい寒さは続いておりますが、寒さの頂点が過ぎ、この日から春に向かっていきます。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり、春の兆しがところどころで見られるようになります。

いわば春の初日とも言える日であり、二十四節気の新年でもあります。旧暦では一年のはじまりは立春からと考えられていました。そのため八十八夜や二百十日などは立春を基準にしており、様々な決まりや節目の日が存在しております。

「冬来たりなば春遠からじ」。四季は循環します。厳しい寒さの後に暖かい春がやって来きます。大寒の後に来る立春とは、「陰(寒さ)極まって陽(暖さ)生ず」という東洋哲学に通じます。


※次の二十四節気は2月19日の「雨水」です。


七十二候IMG



第一候 東風解凍 はるかぜこおりをとく   2月4日~2月8日頃

七十二候の第一候は「東風解凍」から始まります。
暖かい春風が池や湖の厚い氷を解かしだし、魚が勢いづいて泳ぎ出すことをいいます。東風(こち)と呼ばれる春の風が東から吹きますが、春のそよ風というには、まだ冷たくひんやりしています。だが融けだしたつららは透明に変わり、そこから雫が垂れ落ちるなど春の兆しはあちこちに見られるようになります。


第二候 黄鶯睍睆 うぐいすなく   2月9日~2月13日頃

南の国から徐々にその美しい鳴き声を聴かせてくれるうぐいす。3月になると西日本や東日本、4月5月には北日本でもほとんどで聞かれるようになります。その季節初めての鳴き声を聴く「初音」。人里で聞いた「初音」も春の深まりとともに山へ帰り、巣づくりをするのだそうです。
ホーホケキョの鳴き声を聞くのは早春の頃でしょうか。ホーホケキョのホーは吸う息、ホケキョは吐く息で、胸をいっぱい膨らませて囀ります。春一番が吹く頃、うぐいすの鳴き声が聞こえ始める地域もあります。昔から農耕の準備を始める目安とされてきました。


第三候 魚上氷 うおこおりをいずる   2月14日~2月18日頃

魚が肥えて踊る季節をいいます。川や湖の水がぬるみ、氷が割れて魚が跳ねるといわれております。
春先の薄く張った「薄氷」の下で盛んに泳ぎ回る生命力に満ちあふれた魚たちが、温かくなった水の中にゆらゆら泳ぐその姿がよく見え始めます。
都会生活ではなかなかお目にかかれない光景ですが、目に見えずともどこからか春の息吹が伝わってくるようです。



下の<続きを読む>をクリックすると、立春前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご興味のある方はごゆっくりご覧ください。

テーマ:実用・役に立つ話
ジャンル:趣味・実用

ご支援ありがとうございました

月日の経つのは早いもので、二十四節気に合わせ日本の四季を巡ってきた
本ブログも、前回の「大寒」をもって1巡しました。
これを機会に投稿回数をスピードダウンしてまいります。

今後は昨年1年間綴ってきた二十四節気を編集し直しながら、
サイクルごとにアップしてまいります。
月2回の投稿になりますが、
その時節の二十四節気をご確認いただく場合はアクセスしてみてください。
あるいは左サイドのカテゴリー欄からご覧ください。

二十四節気の新年でもある2月4日の「立春」。
日本の四季はその時季の変化を織り交ぜながらも永続してまいります。

これまでに通算8巡した二十四節気。拙い内容ではありましたが、
一応自分なりに使命は果たせたかなと感じております。

アクセスいただいた皆様のブログには、極力訪ねたいと思っております。
長い間の温かいご支援ありがとうございました。


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鮭の大漁を祈願して又兵衛まつり

南部鼻曲がり鮭の本場でもある地元宮古の津軽石川で、11月30日毎年恒例となっている「又兵衛まつり」が行われました。
又兵衛まつりは飢饉で餓える村人を救った又兵衛を偲ぶとともに、鮭の大漁と漁期の安全を祈願して行われる神事であり、当地独特の奇祭であります。祭りといっても笛や太鼓が賑やかな祭りではありません。
又兵衛まつりの由来は江戸後期の領内が飢饉で苦しんでいる時、代官所の許可を得ず鮭の遡上を留め、村人に鮭を捕らせたことにより、逆さ磔の死罪となった又兵衛を鮭漁の守り神として奉ったものです。毎年鮭漁の季節である11月末の命日には又兵衛祭りと称して、川留場の河原に又兵衛を象徴した逆さわら人形が祀られます。

161215又兵衛まつり①
この日正午から始められた又兵衛まつりは地元鮭繁殖組合をはじめ漁業関係者約30名が集まり、神主さんの祝詞奏上により又兵衛の追悼や鮭の大漁と安全操業を祈願し、厳粛に行われました。

161215又兵衛まつり②
その後、神主さんにより、又兵衛が処刑されたと思われる河原が浄められました。

161215又兵衛まつり③
この日早朝に獲った雌雄の鮭が祀られた祭壇からは、逆さ磔の処刑を象徴したY字型のわら人形が河原にある杭まで運ばれ荒縄で縛られました。

161215又兵衛まつり④
ここで組合長さんが御神酒をあげ、礼拝して終了です。

161215又兵衛まつり⑤ 161215又兵衛まつり⑥
写真ではよく見えませんが、祭壇にはこの日早朝獲ったばかりの雌雄一対の鮭が、荒縄で口と尾を結ばれ一番上の段に祀られておりました。終了後の帰り間際、参列者には銀紙で蒸し焼きされた鮭の切り身が配られました。又兵衛を供養して参加者に振る舞われた蒸し鮭。これまで体験したことがない南部鼻曲がり鮭の珍料理でした。

161215又兵衛まつり⑦
南部鼻曲がり鮭は岩手で取れるシロザケ(秋鮭)のことをいい、遡上する際、川の急流と川石などに揉まれ、徐々に鼻が曲がってきます。さらに産卵が近づくと鍵のように大きく曲がるところから南部鼻曲がり鮭と呼ばれているようです。
江戸時代の初期、地元の城主が江戸への海産物として舟で運んだことから、その名が広がったといわれています。

ご存知のように鮭は回帰魚で、生まれた川に4年後に戻ってきます。宮古で生まれた鮭は、北海道、オホーツク、ベーリング海を回り、4年後成長して生まれた宮古の川に戻ってきます。
こちらでは毎春幼稚園児が鮭の稚魚を放流していますよ。4年後には宮古の川を鮭で埋めつくしてほしいですね。

鮭の中でも分布が広く、最も漁獲量が多いのがシロザケで、塩ザケ、新巻鮭(塩引)、チャンチャン焼き、フレークなどで親しまれています。
秋刀魚が主流になる前までは新巻鮭が全国に出荷され、東京上野のアメ横では年末になると格安セールされ、都民の台所を楽しませていました。東日本大震災の影響で漁獲高は減りましたが、こちらでは今でもその時期になると新巻鮭をお歳暮として配る慣習が残っております。
新巻鮭1本から切り身何切れ取れるんでしょうか。あちらこちらから頂くと少々食傷気味ですけどね(笑)。



下の<続きを読む>をクリックすると、二十四節気の大雪、七十二候の第六十一候から第六十三候までと大雪前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。
ご興味のある方はごゆっくりご覧ください。



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