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フェリー就航1周年で新たな課題

大震災の復興の後押しとして取り組んできた地元宮古市と北海道室蘭市との定期カーフェリー航路が、昨年6月22日県内では初めて就航しました。開設1周年を迎える22日と23日には宮古港のカーフェリーターミナルにおいて「宮蘭フェリーフェスティバル」が行われました。あいにく小雨がぱらつく梅雨空でしたが、前夜室蘭港を出発した定期フェリー「シルバークイーン」は朝の7時55分に到着、そして9時25分には折り返し室蘭港に向けて出発しました。
朝早くから約400名の市民が入港お出迎えと出港お見送りをし、宮古港の藤原埠頭は時ならぬ賑わいを見せました。


川崎近海汽船の「シルバークイーン」は7,005トンで、トラック 69台、乗用車 20台の車両を積載でき、旅客定員は600名です。基本的に宮古港には朝着、朝発、室蘭港には夜着、夜発の週6回往復運航中です。
フェリー航路1周年記念①


前日夜20時50分に室蘭港を出発したフェリーは翌22日朝8時頃に宮古港へ到着。約10時間の船旅に疲れも見せず、降り立った乗船客は、お出迎えの皆さんに笑顔をみせていました。
フェリー航路1周年記念③


そして午前9時半、フェリーはトラックや乗用車などおよそ15台近くを乗せ、慌ただしく室蘭港に向けて出港しました。県の調査によると、宮古港を利用した旅客の実績は、就航後5月末までの期間で1万7000人の初年度目標を大きく上回る約2万7000人が利用したそうです。旅客の好調さに比べ、物流の柱であるトラックなどの貨物はおよそ3300台と伸び悩み、目標に遠く及ばない約18%にとどまっているようです。乗用車も目標の8800台を下回りましたが、実績6800台は初年度としてはまずまずかもしれませんね。
宮古港から内陸部を走る東北自動車道までのアクセスが不便なことが要因だと分析しているようです。頼みの仙台までの高規格道路で無料の三陸沿岸道路は完成が2020年度を予定しており、もうしばらくは我慢のしどころのようです。
フェリー航路1周年記念②


フェリーが室蘭に向けた出港後に行われた式典では宮古市長から「宮古港と室蘭港を通じて岩手と北海道の関係が強まるよう努める」と挨拶。また「三陸沿岸道路が繋がればアクセスは便利になる」と三陸沿岸道路への期待感を募らせていました。仙台までの全線開通は2020年の年度末になりそうで、交通環境が整備されるのはまだまだ先のことですね。素人考えですけど、道路網の完成に合わせてフェリーの就航を検討しても良かったのではないかと思いますけどね。
フェリー航路1周年記念④


宮蘭フェリーを理解し協力してくれる民間企業が、フェリー航路の宣伝をしたラッピングトラックを会場内に展示していました。実際に運送用トラックとして利用しているそうで、走る宣伝カーとして効果が高いと思いますよね。
フェリー航路1周年記念⑤


ただ今の二十四節気は「夏至」です。詳しくは6月21日付の「日本の季節 夏至」をご覧ください。次の二十四節気は7月7日の「小暑」です。7月6日頃までにご案内いたします。




テーマ:岩手県
ジャンル:地域情報

日本の季節「夏至」

2019二十四節気「夏至」
二十四節気全体の概要はこちらからご覧いただけます。
日本の季節「夏至」は昨年記事の一部を再利用しました。ご了承ください。



第十節気 夏至 げし      6月22日~7月6日

一年の中で最も昼間が長く夜の短い日で、日の出(日出)・日の入り(日没)の方角が最も北寄りになる時季をいいます。北回帰線上の観測点から見ると、夏至の日の太陽は正午に天頂を通過します。
冬至(12月21日頃)に比べると、昼間の時間差は4時間50分もあります。暦の上では夏にあたりますが、実際には梅雨でうっとうしく、長い昼の実感を味わえません。この頃の早朝は4時前に明るみ出し、夕方7時過ぎでもまだ薄明るさが続きます。このため、夏至は別名、日永(ひなが)とも呼ばれています。
北海道へ行くにしたがって、昼の割合が大きくなり、太陽が1日沈まない北極圏では全域で白夜になります。逆に南極圏では全域で極夜になります。白夜を経験された方のお話では、朝はなくずっと明けたままで地表が温められ温度が上昇、暑苦しく、しかも蚊が大量に発生するそうです。
北欧ではこの日を特別な日として各国で盛大に夏至祭を行ないますが、日本で夏至祭を楽しむ風習はあまりありません。梅雨寒などで気温の上昇が抑えられながらも、恵みの雨によって草や木が緑を深くして行くのがこの時季です。

梅雨入りのこの時季、今年は6月15日に東北北部で梅雨入りしましたが西日本ではいまだに(6月20日現在)梅雨入りしてないという珍現象が発生しております。気象環境も年々変化しているようで、最新の気象情報にお気を付けください。



※次の二十四節気は7月7日の「小暑」です。7月6日頃までにご案内いたします。




七十二候バナー
七十二候全体の概要はこちらからご覧いただけます。



第二十八候 乃東枯 なつかれくさかるる       6月22日~6月26日

夏になると黒く枯れていく「夏枯草(かこそう)」。別名「靫草(うつぼくさ)」とも呼ばれ、田舎の日当たりのいい田んぼの畦や草地で見かけることができます。冬至の頃に芽を出すこの草の花期は6~8月頃。それを過ぎると花は枯れ、黒色化した花穂が夏枯草と呼ばれる由縁のようです。他と違った生命活動をするところから乃東枯として、七十二侯に取りいれられたと推測されます。枯れた花穂は漢方として用いられます。
この時期の言い伝えとして、ある地方には、「夏至はずらせ 半夏(はんげ)は待つな」という言葉があります。半夏とは、夏至から11日目のことで、田植えは夏至より少し遅く、半夏よりは前に終わらせようという習わしのようでもあります。


第二十九候 菖蒲華 あやめはなさく        6月27日~7月1日

稲作には水が必要で、雨を望む農家ではあやめの開花を見て、梅雨を知ったといいます。この頃を江戸時代には菖蒲華(あやめはなさく)と呼んでいました。どちらも優れていて、選択に迷うことを「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」と表現しますが、現在の菖蒲華頃には開花時期を終えています。むしろこの時季は、紫陽花(あじさい)が梅雨の花に相応しく、その見事な花を開いています。
「紫陽花や きのふの誠 けふの嘘」と正岡子規が詠んでいますが、白に始まり、青、紫、淡紅と色が七変化していく紫陽花は、人の心の移ろいやすさに例えられているようです。


第三十候 半夏生 はんげしょうず         7月2日~7月6日

七十二候の半夏生は中国から伝えられたもので、七十二侯から取りいれられた雑節の半夏生は日本の生活に必要なものとして独立して暦に組み入れられたものです。
「半夏生」は半夏という植物が生える日。この日は天から毒気が降り、地上に毒が満ちる日とされていました。このためこの日に採った山菜や野菜は食べてはならないとか、井戸から水を汲んではいけないなどの言い伝えもあります。
この頃に降る「半夏雨」(はんげあめ)は、梅雨の後半にあたり大雨になることがあります。この日までに農作業を終え、この日から5日間を休みとするところでは、勤勉な農民に対する骨休めとしたのかもしれません。


下の<続きを読む>をクリックすると、夏至前後の「季節の彩り」をご覧いただけます。興味がお有りの方はごゆっくりご覧ください。

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忘却しても時は刻まれる!

1週間遅れてしまいましたが、6月10日は「時の記念日」でしたね。皆さんご存知でしたか。
叔父さんの頭の片隅には微塵もなく記憶されてませんでした。年は取りたくないものです(汗)。
時を刻むって何でもないことですけど、生活のリズムにとっては大切ですよね。ここ数年出勤の苦痛から逃れていますが、毎日決まった時間に起床し、ご飯を食べて出勤する皆様は大変ご苦労されていることと思います。電車やバスに揺られて出勤するにも時間がなかったら生活に支障が出てしまいますよね。時を忘れてしまうということは時が無くなってしまうようなものですけどね。それもまた寂しいもんですよ。
掛け時計


岩手県花巻市の宮沢賢治記念館には本人設計の日時計花壇があります。当初、花巻温泉遊園地に設置する予定だったのが、経済的、技術的条件などにより実現できなかったようです。平成元年、当時の設計書をもとに当記念館に再現されたんだそうです。
南斜花壇は、西城の唐草模様を取り入れ、蔓草の茎を園路に、果実を小円形花壇に見たて、非対称にデザインされています。日時計花壇は、文字盤の数字を花で描き日時計を主にした賢治童話の世界を思わせる異国風の模様花壇です。と説明されてますがよく分かりませんでしたね。
南斜花壇


1884年(明治17年)、イギリス・ロンドンのグリニッジ天文台を通る子午線を基準に世界の標準時が決められています。ご存知のように日本の標準時は明治21年1月1日午前0時0分に明石の地方時が日本の標準時として決められました。 

西暦671年に天智天皇が唐から伝えられたという漏刻(ろうこく、水時計)が建造され、その漏刻で「時の奏」(太鼓や鐘を打って時を知らせる)が行なわれました。時の記念日は、この日が現在の太陽暦に直すと6月10日だったといわれております。

漏刻の時代の時刻制度は、1昼夜を12等分していました。12振(しん)刻に区切った時刻には、十二支をあてはめて呼んでいたようです。例えば子(ね)の刻とは現在の午後11時から午前1時の2時間分を、午(うま)の刻とは午前11時から午後1時をいうそうです。草木も眠る丑三つ時っていうのもありますね。
電光時計


現在、私たちは1昼夜を24等分して1時間毎に区切った定時法という時刻を使っています。これとは別に夜明け・日暮を境にして昼と夜を区別し、季節により長さの違う昼と夜をそれぞれ6等分した不定時法という時刻を決める方法もあったようです。

奈良・平安時代は庶民の生活は別として、一部で定時法が使われていました。鎌倉・室町時代は不定時法で、江戸時代は定時法と不定時法が併用され、その中の不定時法 は明治5年頃に廃れたようです。
スマホ時計


そして1872年(明治5年)12月3日(太陽暦では明治6年1月1日にあたる)に国の暦が太陰太陽暦(旧暦)から太陽暦(新暦)に変わり、その一環として現在と同じ定時法の時刻制度が定められました。そのため季節感に1か月位のズレが生じることになったのです。

ある調査会社が「時」に関しての意識調査を行いました(2006年調査 以下の時間は平均値)。ちょっと興味があったので取り上げてみました。

Q1.未明とは何時から何時?// A1. 1時20分過ぎから4時過ぎ頃まで
Q2.早朝とは何時から何時?// A2. 4時半頃から6時半頃
Q3.昼下がりとは何時から何時?//A3. 13時少し前から14時半頃まで
Q4.真夜中とは何時から何時?//A4. 23時40分頃から2時20分頃まで
Q5.宵の口とは何時から何時?//A5. 19時過ぎから21時少し前
Q6.夜更かしとは何時以降?//A6. 0時を少し過ぎて以降
Q7.午前様とは何時以降 //A7. 1時過ぎ以降
Q8.朝帰りとは何時以降?//A8. 4時20分過ぎから7時20分頃
Q9.. 早出とは何時ごろ?//A9. 午前6時18分
Q10.朝イチとは何時ごろ?//A10. 7時54分
Q11.午後イチとは何時ごろ?//A11. 13時ちょっと前

以上参考になりますでしょうか。皆さんシビアに時間の観念をお持ちなんですね。
お父さん、4時前に帰宅したんだから朝帰りじゃないなんて言い張らないで、素直に朝帰りを認めましょうかね~(笑)。

一部、平成9年6月9日付の記事「6月10日は時の記念日」を引用しました。


ただ今の二十四節気は「芒種」です。詳しくは6月5日付の「日本の季節 芒種]をご覧ください。次の二十四節気は6月22日の「夏至」です。6月21日頃までにご案内いたします。


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自悠気儘なド田舎の北国生活に染まり、素朴な風情を探索しながら純真に融け込もうとしています。

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