華麗なる別離
伝統的な日本の歳時記を中心に、日々過ぎゆく暮らしの中に隠されたしきたりを追い求めています。
縫物の上達を願って豆腐に針を刺す針供養
事始めっていったら仕事始めのことかと思ったら、この1年の農事が始まることなんだって。広義に解釈すれば同じようなことなんだけどね。この日に女性にとっては大切な裁縫の針を供養する針供養が行われるそうです。
それまでの労をねぎらい、豆腐に刺して針を休めるんだそうですよ。

2月8日はこの1年の農事を始める事始め
2月8日を「事始め」12月8日を「事納め」とする言い伝えが全国各地に残っています。この両日を「事8日」と呼び、物忌みとしてさまざまな魔物を退治したり、針を持つことを戒めてきました。事8日とは農事の収穫が終了した事納めから、次の農作業が始まる事始めのことをいい、物忌みの期間ともいわれていたそうです。地方によっては12月8日を事始めとして正月の準備が始まり、2月8日に正月の行事を終えることを事納めとしているところもあるようです。
この2月というのは旧暦の2月でしたから、今の暦で言えば3月頃にあたります。そう考えれば暖かくなる頃と言えますね。春が来て暖かくなり、1年の営みでもある農作業が始まるのが2月8日の「事始め」だったのです。
現在でもこの事始めを旧暦で行っている地域も有るようですが、徐々に新暦で行われるところが増えてきているようです。
今でいう官庁における1月4日の「仕事始め」、12月28日の「仕事納め」とは趣がちょっと違いますね。また江戸時代からの風習で行われてきた12月13日の正月準備のための事始めもあります。芸の世界では京都花街の舞妓芸子さんが師匠宅やお茶屋さんに挨拶回りをするようです。その他にも1月2日の書き初めの事始め、お茶の事始めともいわれる初釜などもありますね。
針供養では使い古した針を豆腐に刺します
針供養は江戸時代に始まった行事だそうです。事始めの日にそれまで活躍してくれた古い針を、婦人病にも効くと言われる近くの淡島神社に納めます。昔は家族の衣類は全て女性の縫物によって賄われていました。だからこそ女性たちは裁縫の上達をこころから願っていたんですね。そのため針供養では曲がったり折れたりした針を、豆腐やこんにゃくなどの柔らかいものに刺して針の労をねぎらい縫物の上達を願ったそうです。
針供養は事始めと事納めに合わせた2月8日と12月8日の年2回ありますが、地域によってはその供養の仕方がさまざま違うようです。 現在では一般の家庭で縫物をする人は少なくなりました。そのため個人で針供養をされる方は少なく、和裁・洋裁学校やファッション関係など、針を使う仕事に携わる人たちが、この日は手を休めて針供養を行っている ようです。
淡島神社は婦人病の回復や安産・子授け、裁縫の守り神
針供養が行われる神社としては和歌山県の淡島神社が有名です。淡島神社の祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)で、不老不治と言われる国から渡来し、大国主命(おおくにぬしのみこと)の国土開発に協力した神様といわれております。少彦名命は小さくて機敏で忍耐力と知恵や技術をもった神様であり、医薬・醸造等の道を広めました。さらに女性の病気回復や安産・子授け等に霊験あらたかとされ、裁縫など女性にとって守り神でもあるそうです。体が親指ほどの大きさだったことから一寸法師のモデルともされているそうです。総本社は和歌山市加太町で、東京浅草寺境内の淡島社や粟島神社、淡路神社など、全国に約1,000社あります。
※■色の文字をクリックすると詳しく解説されています。
参考サイト:Wikipedia、暮らしのミニ知識、こよみ博物館、暦のページ 和菓子大阪 冠婚葬祭ネット、日本文化いろは事典、
(c) YURI|写真素材 PIXTA
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それまでの労をねぎらい、豆腐に刺して針を休めるんだそうですよ。

2月8日はこの1年の農事を始める事始め
2月8日を「事始め」12月8日を「事納め」とする言い伝えが全国各地に残っています。この両日を「事8日」と呼び、物忌みとしてさまざまな魔物を退治したり、針を持つことを戒めてきました。事8日とは農事の収穫が終了した事納めから、次の農作業が始まる事始めのことをいい、物忌みの期間ともいわれていたそうです。地方によっては12月8日を事始めとして正月の準備が始まり、2月8日に正月の行事を終えることを事納めとしているところもあるようです。
この2月というのは旧暦の2月でしたから、今の暦で言えば3月頃にあたります。そう考えれば暖かくなる頃と言えますね。春が来て暖かくなり、1年の営みでもある農作業が始まるのが2月8日の「事始め」だったのです。
現在でもこの事始めを旧暦で行っている地域も有るようですが、徐々に新暦で行われるところが増えてきているようです。
今でいう官庁における1月4日の「仕事始め」、12月28日の「仕事納め」とは趣がちょっと違いますね。また江戸時代からの風習で行われてきた12月13日の正月準備のための事始めもあります。芸の世界では京都花街の舞妓芸子さんが師匠宅やお茶屋さんに挨拶回りをするようです。その他にも1月2日の書き初めの事始め、お茶の事始めともいわれる初釜などもありますね。
針供養では使い古した針を豆腐に刺します
針供養は江戸時代に始まった行事だそうです。事始めの日にそれまで活躍してくれた古い針を、婦人病にも効くと言われる近くの淡島神社に納めます。昔は家族の衣類は全て女性の縫物によって賄われていました。だからこそ女性たちは裁縫の上達をこころから願っていたんですね。そのため針供養では曲がったり折れたりした針を、豆腐やこんにゃくなどの柔らかいものに刺して針の労をねぎらい縫物の上達を願ったそうです。
針供養は事始めと事納めに合わせた2月8日と12月8日の年2回ありますが、地域によってはその供養の仕方がさまざま違うようです。 現在では一般の家庭で縫物をする人は少なくなりました。そのため個人で針供養をされる方は少なく、和裁・洋裁学校やファッション関係など、針を使う仕事に携わる人たちが、この日は手を休めて針供養を行っている ようです。
淡島神社は婦人病の回復や安産・子授け、裁縫の守り神
針供養が行われる神社としては和歌山県の淡島神社が有名です。淡島神社の祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)で、不老不治と言われる国から渡来し、大国主命(おおくにぬしのみこと)の国土開発に協力した神様といわれております。少彦名命は小さくて機敏で忍耐力と知恵や技術をもった神様であり、医薬・醸造等の道を広めました。さらに女性の病気回復や安産・子授け等に霊験あらたかとされ、裁縫など女性にとって守り神でもあるそうです。体が親指ほどの大きさだったことから一寸法師のモデルともされているそうです。総本社は和歌山市加太町で、東京浅草寺境内の淡島社や粟島神社、淡路神社など、全国に約1,000社あります。
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氷も融け草花も爛漫となる立春
凍てるような厳寒の冬も2月3日の節分で終焉。4日からは二十四節気にも春の文字が浮かんだ立春がやってきました。街には袈裟に身を包んだ托鉢の僧侶が、寒明けの読経を唱え練り歩きます。梅の蕾も日増しに大きくなり、小鳥のさえずりもどことなく弾んできました。小川のせせらぎにも春の香りが漂います。
降りそそぐ太陽の光から温かなぬくもりを感じる春。とはいえ、現実にはまだまだ超寒いですよね。

立春は氷も融けだし春間近
2月4日は二十四節気の立春(りっしゅん)です。この日から雨水までの期間、立夏の前日までが春となります。
「冬来たりなば春遠からじ」という言葉通り、循環する四季は大寒から立春へと巡ります。立春を迎えることで寒明けとなり、暖かい地方では梅が咲き、菜の花の黄色い花が春を呼び込みます。暦便覧には「春の気たつを以て也」と記されておりますが、実際には余寒が厳しく、大寒とともに最も寒い時節でもあります。
立春の期間の七十二候は以下の通りです。
初候 東風解凍(はるかぜ こおりを とく)東風が厚い氷を解かし始める
次候 黄鶯睍察覆Δ阿い なく)鶯が山里で鳴き始める
末候 魚上氷(うお こおりを のぼる)割れた氷の間から魚が飛び出る
日本の暮らし二十四節気めぐり 言の葉草
二十四節気にはいろいろな祭や花、歴史など様々な言葉が思い浮かんできます。立春は日本の四季の移ろいを肌で感じていただくことができる季節です。「日本の暮らし二十四節気めぐり 言(こと)の葉草(はぐさ」をご覧いただくと、より一層心の安らぎを感じていただくことができます。
立春は一年の始まりの起点
旧暦では一年の始まりは立春からといわれており、立春を基準にした次のような雑節があります。
八十八夜(88日目) この日に摘んだお茶の葉は霜をかぶらないため、高級な茶葉であると言われています。
二百十日(210日目) この日は台風が襲来する可能性が高く、農家にとっては厄日だと言われています。
二百二十日(220日目) 二百十日と同じく、台風が襲来する可能性の高い日とされています。現在は二百二十日のほうが確率が高いようです。
立春以降初めて吹く南よりの強風を春一番と呼びます。また立春の早朝、禅寺では門に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があります。この文字を縦書きにすると左右対称になり、一年間災難にあわないそうです。
新春、早春は旧暦正月の名残り
今年は旧暦の元日が立春より14日遅い2月18日。立春が旧暦の12月内あることを年内立春、立春が正月以降に来ることを新年立春といいます。年内立春はほぼ2年に1回位巡ってきます。にもかかわらずあえて年内立春と呼ぶのは12月中に立春があると春らしさを感じないからと推測されているようです。
中国から二十四節気が伝わったころ、立春を1年の始まりとして暦がつくられました。その後明治時代になって暦が太陽暦に改められるまで、立春は正月とほぼ同じ時期にあったのですね。その名残りが今でも年賀状などに「新春」とか「早春」という新年の挨拶語として使われていますよね。
立春立ち卵節を否定
今から60数年前、昭和22年ころ「立春に卵が立つ」という話題が世間を賑わせたそうです。コロンブスの卵じゃあるまいし、卵は立たないものという観念を見事覆し、当時の中央気象台の職員が実験に成功。中国の古書「展覧」と「秘密の万華鏡」に由来するという「立春立ち卵節」を否定することになりました。気温が低い立春の頃は卵も凍りやすく、重心さえうまくとればいつでも立つんだそうです。
どうですか、興味がありましたら一度挑戦してみませんか。
※■色の文字をクリックすると詳しく解説されています。
参考サイト:Wikipedia、NPO PTPL、こよみ博物館、日本文化いろは事典、みんなの知識・ちょっといい便利帳
(c) ucci|写真素材 PIXTA
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降りそそぐ太陽の光から温かなぬくもりを感じる春。とはいえ、現実にはまだまだ超寒いですよね。

立春は氷も融けだし春間近
2月4日は二十四節気の立春(りっしゅん)です。この日から雨水までの期間、立夏の前日までが春となります。
「冬来たりなば春遠からじ」という言葉通り、循環する四季は大寒から立春へと巡ります。立春を迎えることで寒明けとなり、暖かい地方では梅が咲き、菜の花の黄色い花が春を呼び込みます。暦便覧には「春の気たつを以て也」と記されておりますが、実際には余寒が厳しく、大寒とともに最も寒い時節でもあります。
立春の期間の七十二候は以下の通りです。
初候 東風解凍(はるかぜ こおりを とく)東風が厚い氷を解かし始める
次候 黄鶯睍察覆Δ阿い なく)鶯が山里で鳴き始める
末候 魚上氷(うお こおりを のぼる)割れた氷の間から魚が飛び出る
日本の暮らし二十四節気めぐり 言の葉草
二十四節気にはいろいろな祭や花、歴史など様々な言葉が思い浮かんできます。立春は日本の四季の移ろいを肌で感じていただくことができる季節です。「日本の暮らし二十四節気めぐり 言(こと)の葉草(はぐさ」をご覧いただくと、より一層心の安らぎを感じていただくことができます。
立春は一年の始まりの起点
旧暦では一年の始まりは立春からといわれており、立春を基準にした次のような雑節があります。
八十八夜(88日目) この日に摘んだお茶の葉は霜をかぶらないため、高級な茶葉であると言われています。
二百十日(210日目) この日は台風が襲来する可能性が高く、農家にとっては厄日だと言われています。
二百二十日(220日目) 二百十日と同じく、台風が襲来する可能性の高い日とされています。現在は二百二十日のほうが確率が高いようです。
立春以降初めて吹く南よりの強風を春一番と呼びます。また立春の早朝、禅寺では門に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があります。この文字を縦書きにすると左右対称になり、一年間災難にあわないそうです。
新春、早春は旧暦正月の名残り
今年は旧暦の元日が立春より14日遅い2月18日。立春が旧暦の12月内あることを年内立春、立春が正月以降に来ることを新年立春といいます。年内立春はほぼ2年に1回位巡ってきます。にもかかわらずあえて年内立春と呼ぶのは12月中に立春があると春らしさを感じないからと推測されているようです。
中国から二十四節気が伝わったころ、立春を1年の始まりとして暦がつくられました。その後明治時代になって暦が太陽暦に改められるまで、立春は正月とほぼ同じ時期にあったのですね。その名残りが今でも年賀状などに「新春」とか「早春」という新年の挨拶語として使われていますよね。
立春立ち卵節を否定
今から60数年前、昭和22年ころ「立春に卵が立つ」という話題が世間を賑わせたそうです。コロンブスの卵じゃあるまいし、卵は立たないものという観念を見事覆し、当時の中央気象台の職員が実験に成功。中国の古書「展覧」と「秘密の万華鏡」に由来するという「立春立ち卵節」を否定することになりました。気温が低い立春の頃は卵も凍りやすく、重心さえうまくとればいつでも立つんだそうです。
どうですか、興味がありましたら一度挑戦してみませんか。
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豆まき、恵方巻、福茶で厄年を追い払う
つい先日スーパーマーケットに買い物に行ってきたんです。売り場の一角には節分コーナーが設けられ、等身大の鬼が飾られ、節分の雰囲気が盛り上がっていました。近くには鬼の面や折り紙式の升が置いてあり、その横には、というかコーナーの9割方は落花生が展示販売されてるんですね。そうか、2月3日は節分の豆まきですものね。うん!まてよ、豆まきって炒った大豆をまくんじゃなかったのか。どうしてここに落花生があるんだ。その謎は、あ・と・で。

豆まきは年男、年女の厄払い
季節の変わり目である「立春、立夏、立秋、立冬の前日」を節分といいます。立春から1年がはじまるという旧暦の考えからすると立春の前日は1年の最後とされ、この日、邪気を祓い、幸せを願う様々な行事が行われてきたのです。室町時代あたりから節分といえば立春の前日だけをさすようになりました。宮中では追儺(ついな・俗にいう鬼やらいや厄払い)という行事が行われ、そのひとつである豆打ちの名残りが豆まきとして今に伝わっているというわけです。
鬼の目に豆を投げて魔を滅ぼす
どうして豆まきに大豆かというと、大豆には霊的な力が宿ると信じられ、神様への供え物として使われていたんですね。昔、京都鞍馬山に鬼(過去の記事・節分鬼のおもしろ雑学参照)が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけて退治したという話もあります。そこから魔の目(まめ)に豆を投げつけて魔を滅する(魔滅)にも通じるそうです。
豆まきの豆は炒った豆を使います。生のままだと拾い残した豆から芽が出て縁起が悪いそうですよ。
カロリーの高い落花生は寒冷地に最適
北海道、東北、信越地方などでは大豆の代わりに落花生をまくそうです。どうやらこれは昭和30年代全国落花生協会が仕組んだ落花生販売強化作戦だったようですね。大豆は夏の豆ですが、落花生は秋冬の豆。カロリーも高いので寒い地域で好まれるという理由から、広まっていったようです。確かに落花生は雪の中でも目に付き、掃除もしやすく、無駄にならないという便利なところもありますよね。これで冒頭に出した謎が解けましたね。ちなみに日本一の落花生生産地の千葉県では大豆をまくそうです。
恵方巻、福茶、こんにゃく、鰯は節分の行事食
節分には歳の数だけ大豆を食べるという風習がありますが、他にも地方によってはいろいろな行事食があります。そのひとつに全国的に広まっている恵方巻(過去の記事・節分おもしろ雑学参照)がありますね。四国方面ではこんにゃくを食べる風習があったり、地方によっては昆布と梅に3個の大豆を入れた福茶を飲んだり、鬼の嫌いな鰯(いわし)をたべるところももあるようです。
鬼退治の桃太郎は日本五大おとぎ話の1つ
東京の浅草、京都の花街、大阪の北新地などでは、芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をするそうです。これを「お化け」と呼び、いつもと違った扮装をすることで魔を追い払うことができると信じられていたようです。また、鬼退治で語り継がれてきた桃太郎」をはじめ、「花咲か爺」「舌きりすずめ」「さるかに合戦」「かちかち山」の5つが日本日本五大おとぎ話と言われています。これはすべて実話が元になってるんですね。
年男、年女の方は鬼が厄の象徴でもある節分に、豆をまいて厄祓いをしておいたほうがいいですよ、念のため。
※■色の文字をクリックすると詳しく解説されています。
参考サイト:Wikipedia、All About、こよみ博物館、日本文化いろは事典
(c) 響|写真素材 PIXTA
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豆まきは年男、年女の厄払い
季節の変わり目である「立春、立夏、立秋、立冬の前日」を節分といいます。立春から1年がはじまるという旧暦の考えからすると立春の前日は1年の最後とされ、この日、邪気を祓い、幸せを願う様々な行事が行われてきたのです。室町時代あたりから節分といえば立春の前日だけをさすようになりました。宮中では追儺(ついな・俗にいう鬼やらいや厄払い)という行事が行われ、そのひとつである豆打ちの名残りが豆まきとして今に伝わっているというわけです。
鬼の目に豆を投げて魔を滅ぼす
どうして豆まきに大豆かというと、大豆には霊的な力が宿ると信じられ、神様への供え物として使われていたんですね。昔、京都鞍馬山に鬼(過去の記事・節分鬼のおもしろ雑学参照)が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけて退治したという話もあります。そこから魔の目(まめ)に豆を投げつけて魔を滅する(魔滅)にも通じるそうです。
豆まきの豆は炒った豆を使います。生のままだと拾い残した豆から芽が出て縁起が悪いそうですよ。
カロリーの高い落花生は寒冷地に最適
北海道、東北、信越地方などでは大豆の代わりに落花生をまくそうです。どうやらこれは昭和30年代全国落花生協会が仕組んだ落花生販売強化作戦だったようですね。大豆は夏の豆ですが、落花生は秋冬の豆。カロリーも高いので寒い地域で好まれるという理由から、広まっていったようです。確かに落花生は雪の中でも目に付き、掃除もしやすく、無駄にならないという便利なところもありますよね。これで冒頭に出した謎が解けましたね。ちなみに日本一の落花生生産地の千葉県では大豆をまくそうです。
恵方巻、福茶、こんにゃく、鰯は節分の行事食
節分には歳の数だけ大豆を食べるという風習がありますが、他にも地方によってはいろいろな行事食があります。そのひとつに全国的に広まっている恵方巻(過去の記事・節分おもしろ雑学参照)がありますね。四国方面ではこんにゃくを食べる風習があったり、地方によっては昆布と梅に3個の大豆を入れた福茶を飲んだり、鬼の嫌いな鰯(いわし)をたべるところももあるようです。
鬼退治の桃太郎は日本五大おとぎ話の1つ
東京の浅草、京都の花街、大阪の北新地などでは、芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をするそうです。これを「お化け」と呼び、いつもと違った扮装をすることで魔を追い払うことができると信じられていたようです。また、鬼退治で語り継がれてきた桃太郎」をはじめ、「花咲か爺」「舌きりすずめ」「さるかに合戦」「かちかち山」の5つが日本日本五大おとぎ話と言われています。これはすべて実話が元になってるんですね。
年男、年女の方は鬼が厄の象徴でもある節分に、豆をまいて厄祓いをしておいたほうがいいですよ、念のため。
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